6.2 眼精疲労

デスクワーカーは1日の大半をデジタルデバイスの画面を見て過ごす。長時間のVDT(Visual Display Terminal)作業は、眼精疲労、ドライアイ、頭痛などの症状を引き起こす。本章では、眼精疲労のメカニズムと科学的根拠に基づく予防・対策を解説する。

最終更新:2025年1月

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ナレーション

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1. 眼精疲労の基礎

1.1 定義と用語

眼精疲労に関連する用語を整理する [1]。

用語 定義
眼疲労(Asthenopia) 視作業に伴う一過性の目の疲れ(休息で回復)
眼精疲労 休息しても回復しにくい持続的な目の疲労
VDT症候群 VDT作業に起因する目、筋骨格系、精神の症状群
デジタル眼精疲労(DES) デジタルデバイス使用に関連する眼症状
コンピュータビジョン症候群(CVS) コンピュータ使用に伴う視覚関連症状

1.2 症状

眼精疲労の主な症状を以下に示す [2]。

  • 眼症状:目の疲れ、乾燥感、異物感、充血、かすみ、痛み
  • 視覚症状:視力低下(一過性)、焦点が合いにくい、まぶしさ
  • 全身症状:頭痛、肩こり、首の痛み、倦怠感
  • 精神症状:集中力低下、イライラ、作業効率低下

1.3 有病率

デジタル眼精疲労は非常に高い有病率を示す [3]。

  • VDT作業者:50〜90%が何らかの症状を経験
  • 使用時間との関連:1日4時間以上で有病率上昇
  • 性差:女性でやや多い傾向
  • 年齢:40歳以上で調節機能低下に伴い増加

2. 発症メカニズム

2.1 調節(ピント合わせ)の負担

近距離作業では毛様体筋の持続的な収縮が必要となる [4]。

  • 調節とは:水晶体の厚さを変えてピントを合わせる機能
  • 近見作業:毛様体筋の収縮による調節が持続
  • 調節疲労:長時間の収縮により筋疲労が発生
  • 調節痙攣:過度の緊張による一時的な近視化

2.2 輻輳(寄り目)の負担

近距離を見る際、両眼を内側に向ける輻輳運動が必要となる [5]。

  • 輻輳とは:両眼を内側に向けて視線を交差させる運動
  • 外眼筋の疲労:持続的な輻輳による筋疲労
  • 調節と輻輳の連動:調節に伴い輻輳も生じる
  • 画面距離:近いほど輻輳負担が増大

2.3 瞬目(まばたき)の減少

画面注視中は瞬目回数が著しく減少する [6]。

  • 通常の瞬目:毎分15〜20回
  • 画面注視中:毎分5〜7回に減少(約1/3)
  • 不完全瞬目:瞬目の質も低下
  • 結果:涙液の蒸発増加、角膜乾燥

2.4 画面特有の要因

要因 影響
画素構造 印刷物より輪郭がぼやけ、調節負担増
コントラスト 周囲との明暗差が大きいと疲労増
リフレッシュレート 低いとちらつきを感じやすい
グレア(映り込み) 視認性低下、まぶしさ
文字サイズ 小さいと調節・輻輳負担増

3. ドライアイ

3.1 ドライアイとは

ドライアイは涙液の不安定性を特徴とする多因子性の眼表面疾患である [7]。

  • 定義:涙液層の安定性低下と眼表面の障害
  • 症状:乾燥感、異物感、灼熱感、充血、視力変動
  • 有病率:一般人口の5〜30%、VDT作業者で高率

3.2 涙液の構造

涙液は3層構造を持ち、それぞれが重要な機能を果たす。

  • 油層(最外層):マイボーム腺から分泌、蒸発を防ぐ
  • 水層(中間層):涙腺から分泌、栄養・酸素供給
  • ムチン層(最内層):結膜杯細胞から分泌、涙液を安定化

3.3 VDT作業とドライアイ

VDT作業は複数のメカニズムでドライアイを悪化させる [8]。

  • 瞬目減少:涙液分布の不均一、蒸発増加
  • 開瞼面積増大:上向き視線で眼表面露出増加
  • エアコン環境:低湿度による蒸発促進
  • 集中による交感神経優位:涙液分泌低下

3.4 マイボーム腺機能不全(MGD)

MGDはドライアイの主要な原因の一つである [9]。

  • マイボーム腺:まぶたの縁にある油を分泌する腺
  • MGD:分泌物の質的・量的異常
  • 蒸発亢進型ドライアイ:油層の機能低下による
  • VDTとの関連:瞬目不全による腺の圧出不足

4. ブルーライト

4.1 ブルーライトとは

ブルーライトは可視光線の中で波長が短い青色光である [10]。

  • 波長:380〜500nm(可視光線の短波長側)
  • 特性:エネルギーが高く、散乱しやすい
  • 発生源:太陽光、LED、デジタルデバイス画面
  • 画面からの量:太陽光の数百分の一程度

4.2 ブルーライトの生体影響

影響 エビデンス
概日リズムへの影響 メラトニン分泌抑制(確立)
眼精疲労 散乱による像のボケ(一部支持)
網膜障害 通常使用レベルでは影響なし
加齢黄斑変性 因果関係は不明確

4.3 ブルーライトカットの効果

ブルーライトカット製品の効果については議論がある [11]。

  • 眼精疲労軽減:科学的根拠は限定的
  • 睡眠改善:夜間使用では一定の効果の可能性
  • 米国眼科学会の見解:眼精疲労予防にブルーライトカットは推奨せず
  • より重要な対策:適切な休憩、画面距離、瞬目の意識

4.4 夜間のブルーライト

夜間のブルーライト暴露は睡眠に影響する可能性がある。

  • メラトニン抑制:就寝前のデバイス使用で分泌低下
  • 入眠困難:概日リズムの後退
  • 対策:就寝1〜2時間前はデバイス使用を控える
  • ナイトモード:画面の色温度を暖色系に変更

5. 予防と対策

5.1 20-20-20ルール

米国眼科学会が推奨する簡便な休憩法である [12]。

  • ルール:20分ごとに、20フィート(約6m)先を、20秒間見る
  • 目的:調節筋の弛緩、瞬目の回復
  • 効果:眼精疲労症状の軽減
  • 実践:タイマーやアプリでリマインダー設定

5.2 意識的な瞬目

画面作業中の瞬目を意識的に増やす。

  • 完全瞬目:上下のまぶたを完全に閉じる
  • 頻度:意識的に瞬目回数を増やす
  • 瞬目体操:定期的に強く目を閉じて開く
  • リマインダー:付箋やアプリで「まばたき」を促す

5.3 人工涙液の使用

ドライアイ症状の緩和に人工涙液が有効である [13]。

  • 種類:水分補給型、油層補強型、ムチン型
  • 使用頻度:症状に応じて1日4〜6回程度
  • 防腐剤:頻回使用には防腐剤フリーを推奨
  • 注意:充血除去剤入りは長期使用を避ける

5.4 眼の体操

運動 方法 効果
遠近トレーニング 近く→遠くを交互に見る 調節筋の弛緩
眼球運動 上下左右にゆっくり動かす 外眼筋のストレッチ
パーミング 温めた手のひらで目を覆う リラクゼーション、温熱効果
強い瞬目 ぎゅっと閉じて開く マイボーム腺の圧出

5.5 温罨法

目を温めることでマイボーム腺機能を改善する [14]。

  • 方法:蒸しタオル、ホットアイマスクを閉じた目に当てる
  • 温度:40〜42℃程度
  • 時間:5〜10分
  • 頻度:1日1〜2回
  • 効果:油層の改善、眼精疲労の軽減

6. 作業環境の最適化

6.1 画面の位置と距離

適切な画面配置は眼精疲労予防の基本である [15]。

  • 距離:画面から40〜70cm(腕の長さ程度)
  • 高さ:画面上端が目の高さかやや下
  • 角度:画面をやや後傾(10〜20度)
  • 視線角度:水平から15〜20度下向き

6.2 照明環境

項目 推奨値
室内照度 300〜500ルクス
画面と周囲の明暗差 3:1以内
光源の位置 画面への映り込みを避ける
窓との関係 画面と直角に配置、必要に応じブラインド

6.3 画面設定

  • 明るさ:周囲の明るさに合わせて調整
  • コントラスト:文字が読みやすいレベルに
  • 文字サイズ:楽に読める大きさ(3mm以上推奨)
  • リフレッシュレート:70Hz以上でちらつき軽減
  • ダークモード:周囲が暗い環境では検討

6.4 環境湿度

低湿度はドライアイを悪化させる。

  • 推奨湿度:40〜60%
  • エアコン:直接風が顔に当たらないよう調整
  • 加湿器:乾燥する季節には使用を検討
  • 観葉植物:自然な加湿効果

6.5 眼鏡・コンタクトレンズ

  • 度数の適正化:VDT用に調整された度数
  • 累進レンズ:中間距離用の度数帯を広く
  • コンタクトレンズ:ドライアイを悪化させやすい
  • 眼鏡との併用:長時間作業では眼鏡を推奨
  • 定期検査:年1回の眼科受診

6.6 作業時間管理

  • 連続作業:1時間以内に休憩
  • 休憩時間:10〜15分の休憩
  • 休憩中の活動:遠くを見る、体を動かす
  • 1日の総時間:可能であれば累計を制限

7. 参考文献

  1. [1] Coles-Brennan C, et al. Management of digital eye strain. Clin Exp Optom. 2019;102(1):18-29.
  2. [2] Rosenfield M. Computer vision syndrome: a review of ocular causes and potential treatments. Ophthalmic Physiol Opt. 2011;31(5):502-515.
  3. [3] Sheppard AL, Wolffsohn JS. Digital eye strain: prevalence, measurement and amelioration. BMJ Open Ophthalmol. 2018;3(1):e000146.
  4. [4] Tosha C, et al. Accommodation response and visual discomfort. Ophthalmic Physiol Opt. 2009;29(6):625-633.
  5. [5] Scheiman M, Wick B. Clinical Management of Binocular Vision: Heterophoric, Accommodative, and Eye Movement Disorders. 4th ed. Lippincott Williams & Wilkins; 2014.
  6. [6] Tsubota K, Nakamori K. Dry eyes and video display terminals. N Engl J Med. 1993;328(8):584.
  7. [7] Craig JP, et al. TFOS DEWS II Definition and Classification Report. Ocul Surf. 2017;15(3):276-283.
  8. [8] Uchino M, et al. Prevalence of dry eye disease among Japanese visual display terminal users. Ophthalmology. 2008;115(11):1982-1988.
  9. [9] Nichols KK, et al. The international workshop on meibomian gland dysfunction. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2011;52(4):1917-1921.
  10. [10] Tosini G, et al. Effects of blue light on the circadian system and eye physiology. Mol Vis. 2016;22:61-72.
  11. [11] Lawrenson JG, et al. Blue-light filtering spectacle lenses for visual performance, sleep, and macular health in adults. Cochrane Database Syst Rev. 2023;8(8):CD013244.
  12. [12] American Academy of Ophthalmology. Computers, Digital Devices and Eye Strain. 2020.
  13. [13] Jones L, et al. TFOS DEWS II Management and Therapy Report. Ocul Surf. 2017;15(3):575-628.
  14. [14] Geerling G, et al. The international workshop on meibomian gland dysfunction: report of the subcommittee on management and treatment. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2011;52(4):2050-2064.
  15. [15] 厚生労働省. 情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン. 2019.