2.1 基礎代謝

基礎代謝(Basal Metabolic Rate: BMR)は、生命維持に必要な最小限のエネルギー消費量である。呼吸、循環、体温維持、細胞代謝などの基本的な生理機能を支える。本章では、BMRの定義、測定法、影響因子、推定式を解説する。

最終更新:2025年1月

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ナレーション

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1. 基礎代謝の定義

1.1 BMRとRMR

基礎代謝量(Basal Metabolic Rate: BMR)は、完全な安静状態、絶食状態(12〜14時間)、快適な温度環境下で測定されるエネルギー消費量である。厳密な測定条件が必要なため、研究目的以外では測定が困難である [1]。

安静時代謝量(Resting Metabolic Rate: RMR)は、BMRより緩やかな条件で測定される。完全な絶食や厳密な安静を必要としないため、臨床現場でより一般的に用いられる。RMRはBMRより約10〜20%高い値を示すことが多い [2]。

実用上、両者はしばしば互換的に使用されるが、厳密には異なる指標である。

1.2 生理学的意義

BMRは、以下の生理機能を維持するためのエネルギーを反映する。

  • 心臓:全BMRの約10%。1日約10万回の拍動を維持
  • 脳:全BMRの約20%。体重の2%だが高いエネルギー需要
  • 肝臓:全BMRの約20%。代謝の中枢臓器
  • 腎臓:全BMRの約7%。濾過と再吸収
  • 骨格筋:全BMRの約20%。安静時でもタンパク質代謝

これらの臓器は、体重の5%程度にすぎないが、BMRの約75%を消費する高代謝臓器である [3]。

2. 測定法

2.1 直接熱量測定法

直接熱量測定法は、身体から放出される熱量を直接測定する方法である。被験者を断熱室に入れ、壁面を循環する水の温度上昇から熱産生を算出する。最も正確な方法だが、大規模な設備が必要で、実用性に欠ける [4]。

2.2 間接熱量測定法

間接熱量測定法は、酸素消費量(VO₂)と二酸化炭素産生量(VCO₂)から代謝量を推定する方法である。呼気ガス分析装置を用いて測定し、以下のWeir式でエネルギー消費量を算出する [5]。

Weir式
エネルギー消費量(kcal/日)= [3.941 × VO₂ + 1.106 × VCO₂] × 1440
(VO₂、VCO₂はL/分)

間接熱量測定法は、臨床や研究で最も一般的に用いられる標準法である。

2.3 呼吸商(RQ)

呼吸商(Respiratory Quotient: RQ)は、VCO₂/VO₂の比であり、どの栄養素が主に酸化されているかを示す指標である。

基質 RQ 意味
炭水化物 1.0 糖質が主要燃料
脂質 0.7 脂肪が主要燃料
タンパク質 0.8 タンパク質酸化
混合食 0.85 通常の状態

3. 影響因子

3.1 体組成

BMRの最大の決定因子は除脂肪体重(Lean Body Mass: LBM)である。筋肉を含む除脂肪組織は、脂肪組織より代謝活性が高い。同じ体重でも、筋肉量が多い人ほどBMRが高い [6]。

骨格筋1kgあたりの代謝量は安静時で約13kcal/日であり、内臓(肝臓200kcal/kg、腎臓440kcal/kg、心臓440kcal/kg)と比較すると低い。しかし、総量としては筋肉量が体組成に大きく寄与するため、筋肉量の増加はBMR上昇に有効である。

3.2 年齢

BMRは加齢とともに低下する。20歳以降、10年ごとに約1〜2%低下するとされる [7]。この低下は主に除脂肪体重の減少によるものだが、臓器代謝活性自体の低下も寄与する。

加齢に伴うBMR低下は、同じ食事量でも体重が増加しやすくなる一因である。

3.3 性別

一般に、男性は女性よりBMRが高い。これは主に体組成の違い(男性は筋肉量が多く、体脂肪率が低い)に起因する。体組成を補正しても、なお5〜10%程度の性差が残るとされ、ホルモン環境の違いが関与している可能性がある [8]。

3.4 甲状腺ホルモン

甲状腺ホルモン(T3、T4)はBMRの主要な調節因子である。甲状腺機能亢進症ではBMRが上昇し、甲状腺機能低下症ではBMRが低下する。生理的範囲内でも、甲状腺ホルモン濃度はBMRに影響を与える [9]。

3.5 その他の因子

  • 体温:体温1℃上昇でBMRは約10〜13%上昇(発熱時)
  • 交感神経活性:カテコラミンはBMRを上昇させる
  • 栄養状態:カロリー制限はBMRを低下させる(適応性熱産生)
  • 環境温度:極端な高温・低温でBMRが変化
  • 月経周期:黄体期にBMRがやや上昇(約100kcal/日)

4. 推定式

4.1 Harris-Benedict式

1918年に発表された古典的な推定式である [10]。現代人では過大評価する傾向があるが、歴史的重要性から今も参照される。

Harris-Benedict式(原式)
男性: BMR = 66.5 + (13.75 × 体重kg) + (5.003 × 身長cm) − (6.755 × 年齢)
女性: BMR = 655.1 + (9.563 × 体重kg) + (1.850 × 身長cm) − (4.676 × 年齢)

4.2 Mifflin-St Jeor式

1990年に発表され、現代人に対する精度が高いとされる推定式である [11]。多くのガイドラインで推奨されている。

Mifflin-St Jeor式
男性: RMR = (10 × 体重kg) + (6.25 × 身長cm) − (5 × 年齢) + 5
女性: RMR = (10 × 体重kg) + (6.25 × 身長cm) − (5 × 年齢) − 161

4.3 日本人向け推定式

日本人の食事摂取基準では、国立健康・栄養研究所の式が用いられている [12]。

国立健康・栄養研究所の式
男性: BMR = (0.0481 × 体重kg + 0.0234 × 身長cm − 0.0138 × 年齢 − 0.4235) × 1000/4.186
女性: BMR = (0.0481 × 体重kg + 0.0234 × 身長cm − 0.0138 × 年齢 − 0.9708) × 1000/4.186

4.4 推定式の限界

すべての推定式は、集団の平均に基づいており、個人差を十分に反映しない。推定値と実測値の差は±10〜20%程度生じうる。特に、筋肉量が平均と大きく異なる人(アスリート、高齢者、肥満者)では誤差が大きくなる [13]。

体組成を考慮したKatch-McArdle式などもあるが、体脂肪率の正確な測定が必要となる。

5. 総エネルギー消費量

5.1 TDEEの構成要素

総エネルギー消費量(Total Daily Energy Expenditure: TDEE)は、1日に消費するエネルギーの総量であり、以下の3要素から構成される [14]。

要素 略称 割合 説明
基礎代謝 BMR 60-75% 生命維持の最小エネルギー
食事誘発性熱産生 DIT/TEF 約10% 食物の消化・吸収・代謝
活動代謝 AEE 15-30% 運動+NEAT

5.2 食事誘発性熱産生(DIT)

食事誘発性熱産生(Diet-Induced Thermogenesis: DIT)または食事の熱効果(Thermic Effect of Food: TEF)は、食物の消化、吸収、代謝に伴うエネルギー消費である。栄養素によって異なる [15]。

  • タンパク質:摂取エネルギーの20〜30%
  • 炭水化物:摂取エネルギーの5〜10%
  • 脂質:摂取エネルギーの0〜3%

高タンパク食でDITが増加することは、減量時の代謝維持に有利に働く可能性がある。

5.3 活動係数

TDEEを推定する簡便法として、BMRに活動係数(Physical Activity Level: PAL)を乗じる方法がある。

活動レベル PAL 活動例
座位中心 1.2 デスクワーク、運動なし
軽度活動 1.375 軽い運動、週1-3日
中程度活動 1.55 中程度の運動、週3-5日
活発 1.725 激しい運動、週6-7日
非常に活発 1.9 肉体労働、1日2回トレーニング

6. 実践的応用

6.1 エネルギーバランス

体重変化の基本原理は、エネルギー収支である。摂取エネルギーが消費エネルギーを上回れば体重は増加し、下回れば減少する。脂肪1kgは約7,200kcalに相当するため、理論上、1日500kcalの負のエネルギー収支で週に約0.5kgの減量が期待される [16]。

ただし、実際の体重変化は代謝適応、水分変動、体組成変化などにより、この単純な計算通りにはならないことが多い。

6.2 代謝適応

カロリー制限を続けると、BMRが予測以上に低下する「代謝適応(Adaptive Thermogenesis)」が生じる。これは生存のための防御反応であり、減量のプラトーや体重リバウンドの一因となる [17]。

代謝適応を最小化するためには、極端なカロリー制限を避ける、筋力トレーニングで除脂肪体重を維持する、適度なダイエットブレイクを設けるなどの戦略が提案されている。

6.3 デスクワーカーへの示唆

座位中心の生活では、TDEEに占めるBMRの割合が相対的に高くなる。活動代謝が少ないため、食事からの摂取エネルギーを適切に管理することが重要となる。

また、NEAT(Non-Exercise Activity Thermogenesis:運動以外の身体活動による熱産生)を増やすことが、BMRの限界を超えてエネルギー消費を増やす現実的な方法である。詳細は「5.4 NEAT」で扱う。

7. 参考文献

  1. [1] Compher C, et al. Best practice methods to apply to measurement of resting metabolic rate in adults: a systematic review. J Am Diet Assoc. 2006;106(6):881-903.
  2. [2] Levine JA. Measurement of energy expenditure. Public Health Nutr. 2005;8(7A):1123-1132.
  3. [3] Elia M. Organ and tissue contribution to metabolic rate. In: Kinney JM, Tucker HN, eds. Energy Metabolism: Tissue Determinants and Cellular Corollaries. Raven Press; 1992:61-80.
  4. [4] Webb P. The measurement of energy expenditure. J Nutr. 1991;121(11):1897-1901.
  5. [5] Weir JB. New methods for calculating metabolic rate with special reference to protein metabolism. J Physiol. 1949;109(1-2):1-9.
  6. [6] Johnstone AM, et al. Factors influencing variation in basal metabolic rate include fat-free mass, fat mass, age, and circulating thyroxine. Am J Clin Nutr. 2005;82(5):941-948.
  7. [7] Keys A, et al. Basal metabolism and age of adult man. Metabolism. 1973;22(4):579-587.
  8. [8] Arciero PJ, et al. Resting metabolic rate is lower in women than in men. J Appl Physiol. 1993;75(6):2514-2520.
  9. [9] Kim B. Thyroid hormone as a determinant of energy expenditure and the basal metabolic rate. Thyroid. 2008;18(2):141-144.
  10. [10] Harris JA, Benedict FG. A Biometric Study of Human Basal Metabolism. Proc Natl Acad Sci USA. 1918;4(12):370-373.
  11. [11] Mifflin MD, et al. A new predictive equation for resting energy expenditure in healthy individuals. Am J Clin Nutr. 1990;51(2):241-247.
  12. [12] Ganpule AA, et al. Interindividual variability in sleeping metabolic rate in Japanese subjects. Eur J Clin Nutr. 2007;61(11):1256-1261.
  13. [13] Frankenfield D, et al. Comparison of predictive equations for resting metabolic rate in healthy nonobese and obese adults. J Am Diet Assoc. 2005;105(5):775-789.
  14. [14] Ravussin E, et al. Determinants of 24-hour energy expenditure in man. J Clin Invest. 1986;78(6):1568-1578.
  15. [15] Westerterp KR. Diet induced thermogenesis. Nutr Metab (Lond). 2004;1(1):5.
  16. [16] Hall KD, et al. Quantification of the effect of energy imbalance on bodyweight. Lancet. 2011;378(9793):826-837.
  17. [17] Rosenbaum M, Leibel RL. Adaptive thermogenesis in humans. Int J Obes (Lond). 2010;34 Suppl 1:S47-55.