2.3 ホルモンと代謝調節

ホルモンは、内分泌腺から血中に分泌され、標的組織で生理作用を発揮する化学的メッセンジャーである。エネルギー代謝、血糖調節、食欲、体組成はすべてホルモンの精緻な制御下にある。本章では、代謝に関わる主要ホルモンの作用と相互関係を解説する。

最終更新:2025年1月

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ナレーション

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1. ホルモン調節の概要

1.1 内分泌系の基本

内分泌系は、神経系と並ぶ生体の統合調節系である。ホルモンは血流を介して全身に運ばれ、特定の受容体を持つ標的細胞にのみ作用する。この選択性により、特定の組織で特定の反応を引き起こすことができる [1]。

ホルモンの作用は、神経系と比較して一般に緩徐だが、持続時間が長い。代謝調節では、数分から数時間単位の応答が重要となる。

1.2 ホルモンの分類

分類 化学的性質 作用機序
ペプチドホルモン アミノ酸鎖 細胞膜受容体 インスリン、グルカゴン、成長ホルモン
ステロイドホルモン コレステロール由来 核内受容体 コルチゾール、テストステロン、エストロゲン
アミン系ホルモン アミノ酸誘導体 両方 甲状腺ホルモン、カテコラミン

1.3 フィードバック制御

ホルモン分泌は、フィードバック機構によって精密に制御される。最も一般的なのは負のフィードバックであり、ホルモンの作用が自身の分泌を抑制する仕組みである [2]。

視床下部-下垂体-標的内分泌腺の軸(例:HPA軸、HPT軸)は、階層的なフィードバック制御の代表例である。このシステムにより、ホルモン濃度は狭い範囲に維持される。

2. 血糖調節ホルモン

2.1 インスリン

インスリンは膵臓ランゲルハンス島β細胞から分泌される唯一の血糖低下ホルモンである。食後の血糖上昇に応答して分泌され、以下の作用を発揮する [3]。

  • グルコース取り込み:筋肉・脂肪組織でGLUT4を細胞膜へ移行
  • グリコーゲン合成:肝臓・筋肉でグルコースを貯蔵形態に変換
  • 脂肪合成:脂肪組織でトリグリセリド合成を促進
  • タンパク質合成:筋肉でのタンパク質合成を促進
  • 糖新生抑制:肝臓でのグルコース産生を抑制

インスリン抵抗性は、これらの作用に対する組織の応答性低下であり、2型糖尿病の主要な病態生理である。

2.2 グルカゴン

グルカゴンは膵臓α細胞から分泌される血糖上昇ホルモンである。血糖低下時に分泌され、インスリンと拮抗する [4]。

  • グリコーゲン分解:肝臓でグリコーゲンをグルコースに分解
  • 糖新生:アミノ酸、乳酸からグルコースを合成
  • 脂肪分解:脂肪組織で脂肪酸を動員

血糖調節において重要なのは、インスリンとグルカゴンの比(I/G比)である。食後はI/G比が上昇(同化優位)、空腹時は低下(異化優位)する。

2.3 インクレチン

インクレチンは、食事摂取に応答して消化管から分泌され、インスリン分泌を増強するホルモン群である。GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)とGIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)が代表的である [5]。

経口でのグルコース摂取は、同量の静脈内投与より大きなインスリン応答を引き起こす(インクレチン効果)。GLP-1受容体作動薬は、糖尿病治療薬および肥満治療薬として広く使用されている。

3. 甲状腺ホルモン

3.1 甲状腺ホルモンの産生

甲状腺からはT4(チロキシン)とT3(トリヨードチロニン)が分泌される。T4は主要な分泌形態だが、T3の方が活性が高い。末梢組織でT4からT3への変換が行われる [6]。

甲状腺ホルモンの分泌は、視床下部-下垂体-甲状腺軸(HPT軸)によって制御される。視床下部からのTRH → 下垂体からのTSH → 甲状腺からのT3/T4という階層構造である。

3.2 代謝への影響

甲状腺ホルモンは、基礎代謝の主要な調節因子である。

  • 基礎代謝率の上昇:Na⁺/K⁺-ATPase活性増加、熱産生促進
  • 糖代謝:グルコース吸収、解糖、糖新生すべてを促進
  • 脂質代謝:脂肪分解、脂肪酸酸化を促進
  • タンパク質代謝:低濃度で合成促進、高濃度で分解促進

3.3 甲状腺機能異常

状態 代謝への影響 主な症状
甲状腺機能亢進症 BMR増加(+50〜100%) 体重減少、頻脈、発汗、暑がり
甲状腺機能低下症 BMR低下(-30〜40%) 体重増加、倦怠感、寒がり、便秘

潜在性甲状腺機能低下症(TSH軽度上昇、T3/T4正常)は中高年に多く、代謝低下や疲労感の一因となりうる。

4. ストレスホルモン

4.1 コルチゾール

コルチゾールは副腎皮質から分泌される糖質コルチコイドである。ストレス応答の中心的ホルモンであり、視床下部-下垂体-副腎軸(HPA軸)によって制御される [7]。

コルチゾールの代謝作用は以下の通りである。

  • 血糖上昇:糖新生促進、末梢でのグルコース利用抑制
  • タンパク質分解:筋肉からアミノ酸を動員
  • 脂肪分解:脂肪酸を動員(ただし腹部脂肪は蓄積促進)
  • 抗炎症作用:免疫応答を抑制

コルチゾールは概日リズムを持ち、早朝に最高値、深夜に最低値を示す。慢性的なストレスはこのリズムを乱し、代謝異常(内臓脂肪蓄積、インスリン抵抗性)を引き起こす。

4.2 カテコラミン

カテコラミン(アドレナリン、ノルアドレナリン)は、副腎髄質および交感神経終末から放出される。急性ストレス(闘争-逃走反応)において即時的な代謝応答を引き起こす [8]。

  • グリコーゲン分解:肝臓・筋肉で即時エネルギー動員
  • 脂肪分解:遊離脂肪酸を血中に放出
  • 心拍出量増加:エネルギー基質の全身送達を促進
  • 気管支拡張:酸素供給を増加

4.3 慢性ストレスの代謝影響

急性ストレスへのホルモン応答は適応的だが、慢性化すると有害となる。慢性的なコルチゾール上昇は以下と関連する [9]。

  • 内臓脂肪蓄積(腹部肥満)
  • インスリン抵抗性
  • 筋肉量減少(異化亢進)
  • 骨密度低下
  • 免疫機能低下

5. 食欲調節ホルモン

5.1 レプチン

レプチンは脂肪組織から分泌される「満腹ホルモン」である。脂肪量に比例して分泌され、視床下部に作用して食欲を抑制し、エネルギー消費を促進する [10]。

肥満者ではレプチン濃度が高いにもかかわらず、レプチン抵抗性(レプチンシグナルへの応答低下)が生じ、食欲抑制効果が減弱している。減量によりレプチン濃度が低下すると、食欲が増加しリバウンドの一因となる。

5.2 グレリン

グレリンは主に胃から分泌される「空腹ホルモン」である。空腹時に上昇し、食事後に低下する。視床下部に作用して食欲を促進し、成長ホルモン分泌も刺激する [11]。

睡眠不足はグレリン上昇・レプチン低下を引き起こし、食欲増加と高カロリー食品への嗜好増加をもたらす。

5.3 その他の食欲関連ホルモン

ホルモン 分泌部位 食欲への影響 トリガー
PYY 小腸・大腸 抑制 食事(特にタンパク質)
CCK 小腸 抑制 脂肪・タンパク質
GLP-1 小腸 抑制 栄養素全般
インスリン 膵臓 抑制 血糖上昇

これらのホルモンは複雑なネットワークを形成し、エネルギーバランスを調節している。

6. 同化ホルモン

6.1 成長ホルモン

成長ホルモン(GH)は下垂体前葉から分泌される。成長期には身長増加を促し、成人では代謝調節に関与する [12]。

成長ホルモンの代謝作用は複雑で、直接作用と間接作用(IGF-1を介した作用)がある。

  • 脂肪分解促進:遊離脂肪酸を動員(直接作用)
  • タンパク質合成促進:筋肉増加(IGF-1を介した作用)
  • 血糖上昇:インスリン拮抗作用

GHは睡眠中(特に深睡眠)に分泌のピークを迎える。睡眠不足はGH分泌を低下させる。

6.2 テストステロン

テストステロンは主に精巣(男性)および副腎(男女)から分泌されるアンドロゲンである。代謝に対して強力な同化作用を持つ [13]。

  • 筋肉量増加:タンパク質合成促進、筋衛星細胞活性化
  • 脂肪量減少:脂肪細胞の増殖抑制、脂肪分解促進
  • 骨密度維持:骨形成促進
  • インスリン感受性:適正範囲で改善効果

加齢に伴いテストステロンは低下し、これがサルコペニア、内臓脂肪蓄積、インスリン抵抗性の一因となる。

6.3 エストロゲン

エストロゲンは主に卵巣(女性)から分泌される性ホルモンである。代謝に対して保護的な作用を持つ [14]。

  • 脂肪分布:皮下脂肪優位(閉経前)、閉経後は内臓脂肪増加
  • インスリン感受性:維持・改善効果
  • 脂質プロファイル:HDL上昇、LDL低下

閉経後のエストロゲン低下は、内臓脂肪蓄積、インスリン抵抗性、心血管リスク上昇と関連する。

7. 参考文献

  1. [1] Melmed S, et al. Williams Textbook of Endocrinology. 14th ed. Elsevier; 2019.
  2. [2] Molina PE. Endocrine Physiology. 5th ed. McGraw-Hill; 2018.
  3. [3] Saltiel AR, Kahn CR. Insulin signalling and the regulation of glucose and lipid metabolism. Nature. 2001;414(6865):799-806.
  4. [4] Jiang G, Zhang BB. Glucagon and regulation of glucose metabolism. Am J Physiol Endocrinol Metab. 2003;284(4):E671-678.
  5. [5] Nauck MA, Meier JJ. Incretin hormones: Their role in health and disease. Diabetes Obes Metab. 2018;20 Suppl 1:5-21.
  6. [6] Mullur R, et al. Thyroid hormone regulation of metabolism. Physiol Rev. 2014;94(2):355-382.
  7. [7] Sapolsky RM, et al. How do glucocorticoids influence stress responses? Integrating permissive, suppressive, stimulatory, and preparative actions. Endocr Rev. 2000;21(1):55-89.
  8. [8] Nonogaki K. New insights into sympathetic regulation of glucose and fat metabolism. Diabetologia. 2000;43(5):533-549.
  9. [9] Björntorp P, Rosmond R. Obesity and cortisol. Nutrition. 2000;16(10):924-936.
  10. [10] Friedman JM. Leptin and the endocrine control of energy balance. Nat Metab. 2019;1(8):754-764.
  11. [11] Müller TD, et al. Ghrelin. Mol Metab. 2015;4(6):437-460.
  12. [12] Vijayakumar A, et al. Biological effects of growth hormone on carbohydrate and lipid metabolism. Growth Horm IGF Res. 2010;20(1):1-7.
  13. [13] Kelly DM, Jones TH. Testosterone and obesity. Obes Rev. 2015;16(7):581-606.
  14. [14] Mauvais-Jarvis F, et al. The role of estrogens in control of energy balance and glucose homeostasis. Endocr Rev. 2013;34(3):309-338.