1.3 主要ガイドライン
健康管理の指針となる公的ガイドラインを整理する。WHO、厚生労働省、各国保健機関、学会が発行する推奨は、エビデンスの体系的レビューに基づいており、個人の健康管理における重要な参照点となる。
最終更新:2025年1月
ナレーション
1. WHO(世界保健機関)
1.1 WHOの役割
WHOは国際連合の専門機関として、グローバルな健康政策の策定と科学的ガイドラインの発行を行っている。WHOのガイドラインは、各国の政策立案の基盤となり、特に低・中所得国において重要な参照点となる [1]。
WHOガイドラインの特徴は、GRADEアプローチを用いた透明性の高いエビデンス評価プロセスと、グローバルな適用可能性への配慮である。
1.2 主要なWHOガイドライン
| 領域 | ガイドライン名 | 発行年 |
|---|---|---|
| 身体活動 | WHO Guidelines on Physical Activity and Sedentary Behaviour | 2020 |
| 栄養 | Healthy Diet(ファクトシート) | 2020 |
| 糖類摂取 | Guideline: Sugars Intake for Adults and Children | 2015 |
| ナトリウム | Guideline: Sodium Intake for Adults and Children | 2012 |
| 飲酒 | Global Status Report on Alcohol and Health | 2018 |
1.3 非感染性疾患(NCDs)対策
WHOは非感染性疾患(心血管疾患、がん、糖尿病、慢性呼吸器疾患)を「21世紀最大の健康課題」と位置づけている。NCDsは世界の死因の71%を占め、その主要リスク因子(喫煙、過度の飲酒、不健康な食事、運動不足)は修正可能である [2]。
WHO Global Action Plan for the Prevention and Control of NCDs 2013-2020(延長2030年まで)は、これらリスク因子の低減に向けた数値目標を設定している。
2. 日本の公的ガイドライン
2.1 健康日本21
「健康日本21」は、厚生労働省が策定する国民健康づくり運動である。現行の第三次計画(2024〜2035年度)は、「健康寿命の延伸と健康格差の縮小」を基本方針とし、具体的な数値目標を設定している [3]。
主な目標値(第三次)は以下の通りである。
| 指標 | 現状値 | 目標値 |
|---|---|---|
| 健康寿命 | 男72.68年、女75.38年(2019) | 延伸 |
| 運動習慣者の割合 | 28.7%(2019) | 40% |
| 睡眠で休養がとれている者 | 78.3%(2019) | 80% |
| 野菜摂取量 | 280.5g/日(2019) | 350g/日 |
| 食塩摂取量 | 10.1g/日(2019) | 7g/日 |
2.2 日本人の食事摂取基準
「日本人の食事摂取基準」は、厚生労働省が5年ごとに改定する栄養素摂取の基準である。2020年版では、フレイル予防の観点が強化され、高齢者のタンパク質摂取目標が引き上げられた [4]。
主な指標として、推定平均必要量(EAR)、推奨量(RDA)、目安量(AI)、耐容上限量(UL)、目標量(DG)が設定されている。
2.3 特定健康診査・特定保健指導
2008年に開始された特定健診・特定保健指導(いわゆるメタボ健診)は、40〜74歳を対象とした生活習慣病予防プログラムである。腹囲を中心としたメタボリックシンドロームの判定基準に基づき、リスクに応じた保健指導を実施する [5]。
メタボリックシンドロームの診断基準(日本)は、腹囲(男性85cm以上、女性90cm以上)に加え、血圧・血糖・脂質のうち2項目以上の異常を満たすこととされる。
3. 睡眠に関する推奨
3.1 推奨睡眠時間
米国睡眠財団(National Sleep Foundation)およびアメリカ睡眠医学会(AASM)は、年齢別の推奨睡眠時間を以下のように定めている [6]。
| 年齢層 | 推奨時間 | 許容範囲 |
|---|---|---|
| 新生児(0-3ヶ月) | 14-17時間 | 11-19時間 |
| 乳児(4-11ヶ月) | 12-15時間 | 10-18時間 |
| 幼児(1-2歳) | 11-14時間 | 9-16時間 |
| 学童前期(3-5歳) | 10-13時間 | 8-14時間 |
| 学童期(6-13歳) | 9-11時間 | 7-12時間 |
| 青年期(14-17歳) | 8-10時間 | 7-11時間 |
| 成人(18-64歳) | 7-9時間 | 6-11時間 |
| 高齢者(65歳以上) | 7-8時間 | 5-9時間 |
3.2 日本における睡眠指針
厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド2023」は、以下の基本事項を推奨している [7]。
- 成人は6時間以上を目安に睡眠時間を確保する
- 規則正しい睡眠スケジュールを維持する
- 睡眠環境を整える(温度、光、音)
- 就寝前のカフェイン・アルコールを控える
- 日中の適度な身体活動を行う
4. 栄養に関する推奨
4.1 三大栄養素のバランス
日本人の食事摂取基準2020年版における、エネルギー産生栄養素バランス(%エネルギー)は以下の通りである [4]。
| 栄養素 | 目標量(成人) |
|---|---|
| タンパク質 | 13-20% |
| 脂質 | 20-30% |
| 炭水化物 | 50-65% |
4.2 WHO栄養推奨
WHOは健康的な食事の原則として以下を示している [8]。
- 果物、野菜、豆類、ナッツ、全粒穀物を十分に摂取
- 遊離糖類を総エネルギーの10%未満(理想的には5%未満)に制限
- 脂質を総エネルギーの30%未満に抑え、飽和脂肪酸を10%未満に制限
- 食塩を1日5g未満に制限
- トランス脂肪酸を総エネルギーの1%未満に制限
4.3 食事パターンに関するエビデンス
個別の栄養素よりも、食事パターン全体を評価するアプローチが近年重視されている。エビデンスが蓄積されている健康的な食事パターンには以下がある [9]。
- 地中海食:オリーブオイル、魚、野菜、果物、全粒穀物を中心とする
- DASH食:高血圧予防のために開発、減塩と野菜・果物を強調
- 日本食:魚、大豆、野菜、米を中心とする伝統的パターン
5. 運動に関する推奨
5.1 WHO身体活動ガイドライン2020
WHOは2020年に身体活動ガイドラインを改訂し、以下の推奨を示した [10]。
成人(18-64歳)の推奨:
- 週150-300分の中強度有酸素運動、または週75-150分の高強度有酸素運動
- 週2日以上の筋力強化活動
- 座位時間を減らし、どんな強度でも身体活動に置き換える
高齢者(65歳以上)の追加推奨:
- バランス訓練と筋力強化を週3日以上
- 機能的能力に応じた活動を行う
5.2 運動強度の定義
運動強度はMETs(Metabolic Equivalents)で表されることが多い。1 METは安静時代謝量に相当する [11]。
| 強度分類 | METs | 活動例 |
|---|---|---|
| 座位 | 1.0-1.5 | 座ってテレビ視聴、デスクワーク |
| 低強度 | 1.6-2.9 | ゆっくり歩行、立位作業 |
| 中強度 | 3.0-5.9 | 速歩、軽いサイクリング、ヨガ |
| 高強度 | 6.0以上 | ジョギング、水泳、サッカー |
5.3 健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023
厚生労働省は2023年に「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」を策定した。成人の推奨として「1日60分以上の歩行またはそれと同等以上の身体活動」「週2-3日の筋力トレーニング」を示している [12]。
本ガイドの特徴は、「座りすぎ」への警鐘であり、長時間の座位を中断して立つ・歩くことを推奨している点である。
6. ガイドラインの限界
6.1 集団と個人の違い
ガイドラインは集団レベルの推奨であり、個人への適用には注意が必要である。年齢、性別、既往歴、遺伝的背景、生活環境などによって最適な対応は異なる。ガイドラインは出発点であり、個別化が必要な場合も多い。
6.2 エビデンスの不確実性
多くの推奨は、完全なエビデンスに基づいているわけではない。特に長期的な健康アウトカムについては、RCTの実施が困難であり、観察研究に依存せざるを得ない領域がある。ガイドラインの「強い推奨」と「弱い推奨」の区別に注意を払う必要がある。
6.3 更新と改訂
科学的知見は常に進歩しており、ガイドラインも定期的に改訂される。過去の推奨が修正されることは珍しくない(例:脂質摂取に関する見解の変遷)。最新のガイドラインを参照し、情報をアップデートする姿勢が重要である。
6.4 実行可能性と持続可能性
理想的な推奨が、現実の生活で実行可能かは別問題である。完璧を目指すよりも、持続可能な改善を積み重ねるアプローチが実践的である。ガイドラインを参照しつつ、自分の状況に合った現実的な目標を設定することが重要である。
7. 参考文献
- [1] World Health Organization. WHO Handbook for Guideline Development. 2nd ed. 2014.
- [2] World Health Organization. Global Action Plan for the Prevention and Control of NCDs 2013-2020. 2013.
- [3] 厚生労働省. 健康日本21(第三次). 2024.
- [4] 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準(2020年版). 2019.
- [5] 厚生労働省. 特定健康診査・特定保健指導の円滑な実施に向けた手引き. 2023.
- [6] Hirshkowitz M, et al. National Sleep Foundation's sleep time duration recommendations. Sleep Health. 2015;1(1):40-43.
- [7] 厚生労働省. 健康づくりのための睡眠ガイド2023. 2024.
- [8] World Health Organization. Healthy Diet Fact Sheet. 2020.
- [9] Sacks FM, et al. Dietary Fats and Cardiovascular Disease: A Presidential Advisory From the AHA. Circulation. 2017;136(3):e1-e23.
- [10] World Health Organization. WHO Guidelines on Physical Activity and Sedentary Behaviour. 2020.
- [11] Ainsworth BE, et al. Compendium of Physical Activities: a second update of codes and MET values. Med Sci Sports Exerc. 2011;43(8):1575-1581.
- [12] 厚生労働省. 健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023. 2024.