5.4 NEAT・日常活動

NEAT(Non-Exercise Activity Thermogenesis:非運動性活動熱産生)は、計画的な運動以外の日常活動によるエネルギー消費である。デスクワーカーにとって、NEATの増加は座位行動の健康リスクを軽減し、総エネルギー消費を高める重要な戦略となる。本章では、NEATの科学と実践的な増加方法を解説する。

最終更新:2025年1月

🎧

ナレーション

再生速度:

1. NEATの基礎

1.1 総エネルギー消費の構成

1日の総エネルギー消費量(TDEE)は、以下の要素から構成される [1]。

構成要素 割合 内容
基礎代謝量(BMR) 60〜70% 生命維持に必要な最低限のエネルギー
食事誘発性熱産生(DIT) 約10% 食事の消化・吸収に伴うエネルギー消費
活動熱産生 20〜30% 運動(EAT)+ 非運動活動(NEAT)

1.2 NEATとは

NEATは、計画的な運動以外のすべての身体活動によるエネルギー消費である [2]。

  • 含まれる活動:歩行、立位、階段昇降、家事、タイピング、そわそわ動く
  • 含まれない:睡眠、食事、計画的な運動(ジョギング、ジムなど)
  • 個人差:1日あたり200〜900kcal以上の差がある
  • 変動性:TDEEの構成要素の中で最も可変的

1.3 NEATの個人差

NEATには大きな個人差があり、肥満との関連が示されている [3]。

  • 痩せている人:NEATが高い傾向(立位、歩行が多い)
  • 肥満の人:NEATが低い傾向(座位時間が長い)
  • 過食への反応:NEATを増やして体重増加を抑える人がいる
  • 職業の影響:デスクワークは農業の約1/3のNEAT

1.4 NEATの構成要素

活動 METs 1時間あたりの消費(70kg)
座位(静かに) 1.3 約90 kcal
立位(静かに) 1.8 約125 kcal
ゆっくり歩行 2.5 約175 kcal
通常歩行 3.5 約245 kcal
速歩 4.5 約315 kcal
階段昇り 8.0 約560 kcal
軽い家事 2.5 約175 kcal

2. 座位行動の健康影響

2.1 座位行動とは

座位行動(Sedentary Behavior)は、覚醒時の座位または臥位でのエネルギー消費が1.5 METs以下の活動と定義される [4]。

  • 例:デスクワーク、テレビ視聴、運転、読書
  • 現代人の座位時間:1日平均7〜10時間
  • デスクワーカー:勤務時間の70〜80%が座位

2.2 座位時間と健康リスク

長時間の座位は、運動習慣とは独立した健康リスク因子である [5]。

健康アウトカム 長時間座位との関連
全死亡率 8時間以上で上昇、12時間以上で顕著に上昇
心血管疾患 リスク上昇(用量依存的)
2型糖尿病 リスク上昇、インスリン感受性低下
一部のがん 大腸がん、子宮内膜がんリスク上昇
メンタルヘルス うつ、不安との関連

2.3 座位の生理学的影響

長時間の座位は、急性および慢性の生理学的変化を引き起こす [6]。

  • 筋活動低下:下肢筋の活動がほぼゼロに
  • リポタンパク質リパーゼ低下:脂質代謝の低下
  • グルコース取り込み低下:骨格筋でのグルコース利用減少
  • 血流低下:下肢への血流減少、血管機能低下
  • 姿勢への影響:筋のアンバランス、腰痛リスク

2.4 運動では相殺できない?

座位時間のリスクは、運動で完全には相殺できない可能性がある [7]。

  • 独立したリスク:1日30分運動しても、残り15時間座位ならリスク残存
  • 用量依存的軽減:高レベルの運動(60〜75分/日)でリスク軽減
  • 両方が重要:運動を増やし、かつ座位時間を減らすことが理想

3. 歩数と健康

3.1 歩数の健康効果

歩数は身体活動の簡便な指標であり、健康アウトカムと関連する [8]。

  • 死亡率低下:歩数増加に伴い全死亡率が低下
  • 用量反応関係:より多い歩数ほど効果大(ただし漸減)
  • 閾値:明確な閾値はないが、4,000歩/日以上で効果が見られ始める
  • 高齢者:7,000〜8,000歩/日で効果がプラトー

3.2 歩数の目標

歩数/日 活動レベル 健康効果
<5,000 座りがち 健康リスク上昇
5,000〜7,499 低活動 最低限の活動
7,500〜9,999 やや活動的 健康効果あり
10,000〜12,499 活動的 十分な健康効果
≥12,500 非常に活動的 追加効果(漸減)

「1日1万歩」は良い目標だが、現在の歩数から2,000〜3,000歩増やすだけでも効果がある。

3.3 歩行速度の重要性

歩数だけでなく、歩行速度も健康指標として重要である [9]。

  • 歩行速度と死亡率:速い歩行は死亡リスク低下と関連
  • 目安:時速5km以上(約80m/分)で中強度
  • ケイデンス:100歩/分以上が中強度の目安
  • 高齢者の指標:歩行速度は機能的能力の重要な指標

3.4 日本人の歩数

日本人の平均歩数は、国際的にはやや多いが、近年減少傾向にある [10]。

  • 成人平均:男性約6,800歩、女性約5,900歩
  • 目標:健康日本21では男性9,000歩、女性8,500歩
  • デスクワーカー:平均を下回ることが多い

4. 座位中断の効果

4.1 座位中断とは

座位中断(Sedentary Breaks)は、長時間の座位を短時間の活動で中断することである [11]。

  • 定義:座位から立位または歩行への移行
  • 頻度:30分〜1時間ごとに推奨
  • 持続時間:短時間(1〜5分)でも効果あり

4.2 座位中断の生理学的効果

定期的な座位中断は、代謝パラメータを改善する [12]。

  • 血糖:食後血糖のスパイクを軽減
  • インスリン:インスリン応答の改善
  • 中性脂肪:食後中性脂肪の低下
  • 血圧:一過性の血圧低下
  • 血流:下肢血流の改善

4.3 効果的な中断パターン

パターン 内容 効果
立ち上がるだけ 30分ごとに立つ 最小限だが効果あり
軽い歩行 30分ごとに2〜3分歩く 血糖・血流改善
軽い運動 1時間ごとに5分の軽い活動 より大きな代謝改善
階段昇降 1〜2時間ごとに階段 心肺機能への刺激も

4.4 研究エビデンス

実験研究により、座位中断の効果が示されている [13]。

  • 血糖研究:20分ごとの2分歩行で食後血糖が約30%低下
  • 頻度の効果:頻繁な短い中断が、まとめた休憩より効果的
  • 強度の効果:軽い活動でも効果あり、中強度でより効果大
  • 2型糖尿病:糖尿病患者でも同様の効果

5. NEAT増加の戦略

5.1 職場での戦略

デスクワーク中にNEATを増やす方法を示す [14]。

戦略 実践方法 追加消費(概算)
スタンディングデスク 1日2〜4時間立って作業 +50〜100 kcal/日
ウォーキングミーティング 歩きながらの打ち合わせ +100 kcal/30分
遠くのトイレ・給湯室 意図的に遠い場所を使用 +20〜50 kcal/日
階段使用 エレベーター代わりに階段 +30〜50 kcal/回
電話中の歩行 電話をしながら歩く +50 kcal/30分

5.2 通勤での戦略

  • 一駅歩く:最寄り駅の一つ手前で降りて歩く
  • 自転車通勤:全部または一部を自転車に
  • 駐車場の選択:遠い駐車場を使用
  • 階段の使用:駅やオフィスで階段を選択

5.3 家庭での戦略

  • テレビ視聴中:CM中に立つ、ストレッチする
  • 家事の活用:掃除、料理、洗濯を積極的に
  • 立って行う活動:アイロンがけ、折り畳み
  • 庭仕事・DIY:ガーデニング、日曜大工
  • 食後の散歩:夕食後に10〜15分歩く

5.4 テクノロジーの活用

  • 活動量計・スマートウォッチ:歩数、活動量のモニタリング
  • 座位アラート:長時間座位を警告する機能
  • 歩数チャレンジ:アプリやコミュニティでの競争
  • スマホの活用:万歩計アプリ、リマインダー

5.5 行動変容のコツ

NEATを習慣化するための行動科学的アプローチを示す [15]。

  • 環境設計:立ちやすい環境、歩きやすい動線
  • デフォルトの変更:座るより立つをデフォルトに
  • トリガーの設定:特定の行動と結びつける(電話→立つ)
  • 小さく始める:まず1時間に1回立つことから
  • フィードバック:歩数や活動量を可視化

6. 実践ガイド

6.1 デスクワーカーの1日の活動計画

時間 活動 NEAT効果
7:00 起床後のストレッチ、準備で動く +30 kcal
8:00 通勤で一駅歩く(15分) +60 kcal
9:00-12:00 30分ごとに2分歩行、階段使用 +80 kcal
12:00 昼食時に10分ウォーキング +40 kcal
13:00-18:00 スタンディング2時間、歩行休憩 +120 kcal
18:30 帰宅時に一駅歩く(15分) +60 kcal
19:30 夕食後の散歩(15分) +60 kcal
合計 - +450 kcal

6.2 段階的な目標設定

現在の活動レベルから段階的に増やすアプローチを示す。

段階 目標 期間
ステップ1 1時間ごとに立ち上がる 1〜2週間
ステップ2 30分ごとに立ち上がる、歩数+2,000歩 2〜4週間
ステップ3 スタンディング1時間/日、歩数+3,000歩 4〜6週間
ステップ4 スタンディング2時間/日、歩数8,000歩以上 継続

6.3 座位中断リマインダー

定期的な座位中断を習慣化するためのツールと方法を示す。

  • ポモドーロ・テクニック:25分作業→5分休憩のサイクル
  • タイマーアプリ:30分ごとにアラート設定
  • スマートウォッチ:座位時間の通知機能
  • デスクトップ通知:PC用リマインダーソフト
  • 水分摂取:こまめな水分補給→トイレ移動の増加

6.4 モニタリングと記録

  • 歩数の記録:毎日の歩数を記録して傾向を把握
  • 座位時間の把握:どの時間帯に座りすぎているか
  • 週間目標:週単位での活動量目標を設定
  • 振り返り:週末に1週間を振り返り、翌週の計画を立てる

6.5 よくある障壁と対策

障壁 対策
「忙しくて立てない」 立ちながらできる作業を見つける、電話中は立つ
「忘れてしまう」 リマインダー設定、習慣スタッキング
「職場で目立つ」 同僚を誘う、チームで取り組む
「スタンディングデスクがない」 カウンター利用、簡易スタンド、歩行で代替
「疲れる」 徐々に時間を延ばす、座位と交互に

7. 参考文献

  1. [1] Levine JA. Non-exercise activity thermogenesis (NEAT). Best Pract Res Clin Endocrinol Metab. 2002;16(4):679-702.
  2. [2] Levine JA, et al. Interindividual variation in posture allocation: possible role in human obesity. Science. 2005;307(5709):584-586.
  3. [3] Villablanca PA, et al. Nonexercise Activity Thermogenesis in Obesity Management. Mayo Clin Proc. 2015;90(4):509-519.
  4. [4] Tremblay MS, et al. Sedentary Behavior Research Network (SBRN) - Terminology Consensus Project process and outcome. Int J Behav Nutr Phys Act. 2017;14(1):75.
  5. [5] Patterson R, et al. Sedentary behaviour and risk of all-cause, cardiovascular and cancer mortality, and incident type 2 diabetes: a systematic review and dose response meta-analysis. Eur J Epidemiol. 2018;33(9):811-829.
  6. [6] Hamilton MT, et al. Role of low energy expenditure and sitting in obesity, metabolic syndrome, type 2 diabetes, and cardiovascular disease. Diabetes. 2007;56(11):2655-2667.
  7. [7] Ekelund U, et al. Does physical activity attenuate, or even eliminate, the detrimental association of sitting time with mortality? A harmonised meta-analysis. Lancet. 2016;388(10051):1302-1310.
  8. [8] Paluch AE, et al. Daily steps and all-cause mortality: a meta-analysis of 15 international cohorts. Lancet Public Health. 2022;7(3):e219-e228.
  9. [9] Stamatakis E, et al. Self-rated walking pace and all-cause, cardiovascular disease and cancer mortality. Br J Sports Med. 2018;52(12):761-768.
  10. [10] 厚生労働省. 国民健康・栄養調査. 2019.
  11. [11] Healy GN, et al. Breaks in sedentary time: beneficial associations with metabolic risk. Diabetes Care. 2008;31(4):661-666.
  12. [12] Dunstan DW, et al. Breaking up prolonged sitting reduces postprandial glucose and insulin responses. Diabetes Care. 2012;35(5):976-983.
  13. [13] Dempsey PC, et al. Benefits for Type 2 Diabetes of Interrupting Prolonged Sitting With Brief Bouts of Light Walking or Simple Resistance Activities. Diabetes Care. 2016;39(6):964-972.
  14. [14] Shrestha N, et al. Workplace interventions for reducing sitting at work. Cochrane Database Syst Rev. 2018;6(6):CD010912.
  15. [15] Gardner B, et al. How to reduce sitting time? A review of behaviour change strategies used in sedentary behaviour reduction interventions among adults. Health Psychol Rev. 2016;10(1):89-112.