3.2 睡眠段階
睡眠は均一な状態ではなく、質的に異なる複数の段階から構成される。NREM睡眠(ノンレム睡眠)とREM睡眠(レム睡眠)は約90分周期で交代し、それぞれが異なる生理的機能を担う。本章では、睡眠段階の特徴、測定法、各段階の役割を解説する。
最終更新:2025年1月
ナレーション
1. 睡眠段階の概要
1.1 睡眠の二過程モデル
睡眠覚醒の調節は、二過程モデル(Two-Process Model)で説明される [1]。
- プロセスS(睡眠恒常性):覚醒時間に比例して蓄積する「睡眠圧」。睡眠により解消される
- プロセスC(概日リズム):約24時間周期で変動する覚醒促進シグナル
この2つのプロセスの相互作用により、適切な時刻に入眠し、十分な時間睡眠を維持し、適切な時刻に覚醒することが可能となる。
1.2 NREMとREMの発見
1953年、AserinskyとKleitmanは脳波と眼球運動の記録により、睡眠中に急速眼球運動(Rapid Eye Movement: REM)を伴う特殊な状態が周期的に出現することを発見した [2]。これにより、睡眠はREM睡眠とNREM(Non-REM)睡眠に大別されることが明らかになった。
1.3 睡眠段階の分類
現在の標準的な睡眠段階分類(AASM 2007)は以下の通りである [3]。
| 段階 | 旧分類 | 別名 | 割合(成人) |
|---|---|---|---|
| 覚醒(W) | - | - | <5% |
| N1 | Stage 1 | 浅睡眠 | 2-5% |
| N2 | Stage 2 | 中等度睡眠 | 45-55% |
| N3 | Stage 3+4 | 深睡眠、徐波睡眠 | 15-25% |
| REM | REM | レム睡眠 | 20-25% |
2. NREM睡眠
2.1 N1(ステージ1)
N1は覚醒から睡眠への移行期であり、最も浅い睡眠段階である [4]。
- 脳波:α波(8-13Hz)が減少し、θ波(4-7Hz)が出現
- 眼球運動:緩徐眼球運動(SEM)
- 筋電図:覚醒時より低下するが維持
- 特徴:容易に覚醒、入眠時幻覚、筋けいれん(入眠時ミオクローヌス)
N1が過度に多い場合は、睡眠の分断や睡眠障害の存在を示唆する。
2.2 N2(ステージ2)
N2は睡眠の大部分を占める中等度の睡眠段階である。
- 脳波:θ波が主体、睡眠紡錘波(12-14Hz)とK複合波が出現
- 眼球運動:なし
- 筋電図:さらに低下
- 特徴:外部刺激への反応性低下、覚醒閾値上昇
睡眠紡錘波は視床で生成され、記憶固定化との関連が示されている。K複合波は外部刺激に対する脳の反応であり、睡眠維持機能を持つと考えられている [5]。
2.3 N3(徐波睡眠)
N3は最も深い睡眠段階であり、徐波睡眠(Slow Wave Sleep: SWS)とも呼ばれる。
- 脳波:δ波(0.5-2Hz、高振幅75μV以上)が20%以上
- 眼球運動:なし
- 筋電図:低下
- 特徴:覚醒閾値最高、覚醒時の見当識障害(睡眠慣性)
N3からの覚醒は困難であり、無理に起こされると強い睡眠慣性(寝ぼけ、混乱)を生じる。睡眠時遊行症(夢遊病)や夜驚症はN3から生じることが多い。
3. REM睡眠
3.1 REM睡眠の特徴
REM睡眠は、生理学的に覚醒に近い特徴を持ちながら、行動的には睡眠状態にある「逆説睡眠」とも呼ばれる [6]。
- 脳波:低振幅、混合周波数(覚醒時に類似)、鋸歯状波
- 眼球運動:急速眼球運動(REM)が特徴的
- 筋電図:骨格筋の弛緩(REM atonia)
- 自律神経:心拍・呼吸の変動性増加、体温調節機能低下
3.2 REM睡眠の生理
REM睡眠中は以下の生理的変化が生じる [7]。
- 夢:鮮明で物語性のある夢がREM睡眠中に多く報告される
- 筋弛緩:橋の抑制性ニューロンにより骨格筋が弛緩(眼筋と横隔膜を除く)
- 脳血流増加:覚醒時と同等以上の脳代謝
- 性器充血:男性では勃起、女性では陰核充血
筋弛緩は夢の内容を行動化しないための保護機構である。この機構が障害されるとREM睡眠行動障害(RBD)を生じる。
3.3 Phasic REMとTonic REM
REM睡眠は、さらに相動性(Phasic)と緊張性(Tonic)に分けられる。
- Phasic REM:急速眼球運動、筋けいれん、心拍変動を伴う一過性の活動期
- Tonic REM:背景となる持続的な低活動状態
4. 睡眠構築
4.1 睡眠周期
一晩の睡眠は、NREM睡眠とREM睡眠が約90分(70〜120分)周期で繰り返す構造を持つ。成人では一晩に4〜6回の睡眠周期が生じる [8]。
覚醒 → N1 → N2 → N3 → N2 → REM → N2 → N3 → ...
4.2 一晩の睡眠構造
睡眠構築(Sleep Architecture)は、一晩の中で系統的に変化する [9]。
- 前半(睡眠初期):N3(徐波睡眠)が多く、REM睡眠は短い
- 後半(睡眠後期):REM睡眠が長くなり、N3は減少
この構造は、前半で身体の回復(成長ホルモン分泌のピーク)、後半で脳の回復(記憶処理)が優先されることを反映している可能性がある。
4.3 年齢による変化
| 年齢層 | 総睡眠時間 | N3の割合 | REMの割合 | 中途覚醒 |
|---|---|---|---|---|
| 新生児 | 16-17時間 | - | 約50% | 多い(多相性) |
| 小児 | 9-11時間 | 20-25% | 20-25% | 少ない |
| 成人 | 7-9時間 | 15-20% | 20-25% | 少ない |
| 高齢者 | 6-7時間 | 5-10% | 15-20% | 増加 |
加齢に伴い、N3(深睡眠)は著明に減少し、睡眠の分断が増加する。これは正常な老化過程であるが、睡眠の質の低下として自覚されることが多い [10]。
4.4 睡眠効率
睡眠効率(Sleep Efficiency)は、床上時間に対する実際の睡眠時間の割合である。
睡眠効率(%)= 総睡眠時間 ÷ 床上時間 × 100
健常成人の目安:85%以上
睡眠効率が低い(床上時間に比べて睡眠時間が短い)場合、不眠症の存在や睡眠習慣の問題が示唆される。
5. 各段階の機能
5.1 徐波睡眠(N3)の機能
N3(徐波睡眠)は以下の機能と関連している [11]。
- 身体回復:成長ホルモン分泌のピーク、組織修復
- 免疫機能:サイトカイン産生、免疫記憶の強化
- 代謝調節:グルコース代謝の調整
- 脳のクリアランス:グリンパティックシステムによる老廃物除去
- 陳述記憶の固定:海馬から新皮質への記憶転送
グリンパティックシステムは、睡眠中(特に徐波睡眠中)に活性化し、脳脊髄液の流れによってアミロイドβなどの代謝産物を除去する [12]。
5.2 REM睡眠の機能
REM睡眠は以下の機能と関連している [13]。
- 手続き記憶・情動記憶の固定:運動学習、感情的体験の処理
- 感情調節:ネガティブな記憶の情動負荷の軽減
- 創造性:異なる記憶の連合、問題解決
- 脳発達:乳児期のシナプス形成に重要
REM睡眠中の夢は、感情的体験の再処理と統合に寄与していると考えられている。
5.3 睡眠紡錘波の役割
N2で出現する睡眠紡錘波は、記憶固定化のゲートとして機能する。学習後に睡眠紡錘波の活動が増加し、その増加量が記憶成績と相関することが示されている [14]。
また、睡眠紡錘波は外部刺激から睡眠を保護する役割も持ち、紡錘波活動が高い人ほど騒音環境下でも睡眠が維持されやすい。
5.4 睡眠段階と恒常性
睡眠の各段階は独立した恒常性を持つ。徐波睡眠は睡眠圧(プロセスS)の蓄積に対して優先的に回復し、断眠後のリバウンド睡眠ではN3が増加する [15]。REM睡眠も選択的に剥奪されると、その後リバウンドが生じる。
6. 睡眠の測定
6.1 睡眠ポリグラフ検査(PSG)
睡眠ポリグラフ検査(Polysomnography: PSG)は、睡眠評価のゴールドスタンダードである。以下のチャンネルを同時記録する [16]。
- 脳波(EEG):睡眠段階の判定
- 眼電図(EOG):眼球運動の検出
- 筋電図(EMG):筋緊張の評価
- 心電図(ECG):心拍・不整脈
- 呼吸センサー:気流、胸腹部運動、SpO₂
- 下肢EMG:周期性四肢運動の検出
6.2 簡易検査・家庭用デバイス
| 方法 | 測定項目 | 精度 | 用途 |
|---|---|---|---|
| 簡易PSG | 呼吸、SpO₂、脈拍 | 高 | 睡眠時無呼吸のスクリーニング |
| アクチグラフ | 活動量(加速度) | 中 | 睡眠覚醒パターンの評価 |
| スマートウォッチ | 活動量、心拍 | 低〜中 | セルフモニタリング |
| マットレスセンサー | 体動、心拍、呼吸 | 低〜中 | セルフモニタリング |
6.3 消費者向けデバイスの限界
市販のスマートウォッチや睡眠トラッカーは、睡眠段階の判定精度に限界がある。これらは主に加速度計(体動)と心拍計から睡眠を推定するが、脳波を直接測定しないため、N3とN2の区別やREM睡眠の検出は正確ではない [17]。
消費者向けデバイスは、長期的なトレンドの把握やモチベーション維持には有用だが、数値を過度に信頼したり、睡眠障害の診断に用いたりすることは適切でない。
6.4 主観的睡眠評価
睡眠の主観的評価には、標準化された質問票が用いられる。
- ピッツバーグ睡眠質問票(PSQI):過去1ヶ月の睡眠の質を評価
- エプワース眠気尺度(ESS):日中の眠気を評価
- 不眠重症度質問票(ISI):不眠症状の評価
- 睡眠日誌:日々の睡眠パターンを記録
7. 参考文献
- [1] Borbély AA, et al. The two-process model of sleep regulation: a reappraisal. J Sleep Res. 2016;25(2):131-143.
- [2] Aserinsky E, Kleitman N. Regularly occurring periods of eye motility, and concomitant phenomena, during sleep. Science. 1953;118(3062):273-274.
- [3] Berry RB, et al. The AASM Manual for the Scoring of Sleep and Associated Events. American Academy of Sleep Medicine; 2020.
- [4] Carskadon MA, Dement WC. Normal Human Sleep: An Overview. In: Kryger M, et al., eds. Principles and Practice of Sleep Medicine. 6th ed. Elsevier; 2017:15-24.
- [5] De Gennaro L, Ferrara M. Sleep spindles: an overview. Sleep Med Rev. 2003;7(5):423-440.
- [6] Peever J, Fuller PM. The Biology of REM Sleep. Curr Biol. 2017;27(22):R1237-R1248.
- [7] Siegel JM. REM sleep: a biological and psychological paradox. Sleep Med Rev. 2011;15(3):139-142.
- [8] Feinberg I, Floyd TC. Systematic trends across the night in human sleep cycles. Psychophysiology. 1979;16(3):283-291.
- [9] Dijk DJ. Regulation and functional correlates of slow wave sleep. J Clin Sleep Med. 2009;5(2 Suppl):S6-15.
- [10] Ohayon MM, et al. Meta-analysis of quantitative sleep parameters from childhood to old age in healthy individuals. Sleep. 2004;27(7):1255-1273.
- [11] Tononi G, Cirelli C. Sleep and the price of plasticity: from synaptic and cellular homeostasis to memory consolidation and integration. Neuron. 2014;81(1):12-34.
- [12] Xie L, et al. Sleep drives metabolite clearance from the adult brain. Science. 2013;342(6156):373-377.
- [13] Walker MP, van der Helm E. Overnight therapy? The role of sleep in emotional brain processing. Psychol Bull. 2009;135(5):731-748.
- [14] Mednick SC, et al. The restorative effect of naps on perceptual deterioration. Nat Neurosci. 2002;5(7):677-681.
- [15] Achermann P, Borbély AA. Sleep homeostasis and models of sleep regulation. In: Kryger M, et al., eds. Principles and Practice of Sleep Medicine. 6th ed. Elsevier; 2017:377-387.
- [16] Iber C, et al. The AASM Manual for the Scoring of Sleep and Associated Events. American Academy of Sleep Medicine; 2007.
- [17] de Zambotti M, et al. A validation study of Fitbit Charge 2 compared with polysomnography in adults. Chronobiol Int. 2018;35(4):465-476.