4.3 消化吸収

消化とは食物を吸収可能な小分子に分解するプロセスであり、吸収とはその分子を体内に取り込むプロセスである。消化管は単なる「管」ではなく、免疫、内分泌、神経機能を持つ複雑な器官系である。本章では、消化吸収の仕組みと腸の健康について解説する。

最終更新:2025年1月

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1. 消化管の概要

1.1 消化管の構造

消化管は口から肛門まで続く約9メートルの管であり、以下の部位から構成される [1]。

部位 長さ 主な機能
口腔 - 咀嚼、唾液による消化開始
食道 約25cm 食物の輸送
- 貯蔵、タンパク質消化、殺菌
小腸 約6m 消化の完了、栄養素の吸収
大腸 約1.5m 水分吸収、腸内細菌による発酵

1.2 付属器官

消化管の機能を補助する付属器官には以下がある。

  • 唾液腺:唾液アミラーゼ(デンプン消化)、ムチン(潤滑)を分泌
  • 肝臓:胆汁産生、栄養素の代謝・貯蔵、解毒
  • 胆嚢:胆汁の貯蔵・濃縮
  • 膵臓:消化酵素(外分泌)、インスリン・グルカゴン(内分泌)

1.3 消化管の壁構造

消化管壁は内側から粘膜層、粘膜下層、筋層、漿膜の4層構造である。小腸の粘膜には絨毛と微絨毛があり、吸収表面積を約600倍に拡大している [2]。

2. 消化のプロセス

2.1 口腔での消化

消化は口腔から始まる [3]。

  • 機械的消化:咀嚼により食物を細かく砕き、表面積を増加
  • 化学的消化:唾液アミラーゼがデンプンをマルトースに分解開始
  • 舌リパーゼ:脂質消化の開始(特に乳児で重要)

十分な咀嚼は消化効率を高め、満腹感を促進する。

2.2 胃での消化

胃は食物を一時的に貯蔵し、強酸性環境でタンパク質消化を開始する [4]。

  • 胃酸(HCl):pH 1.5〜3.5。タンパク質変性、ペプシノーゲン活性化、殺菌
  • ペプシン:タンパク質をポリペプチドに分解
  • 胃リパーゼ:脂質消化の一部を担当
  • 内因子:ビタミンB12吸収に必須
  • 粘液:胃壁を自己消化から保護

食物は胃内で2〜6時間かけて糜粥(びじゅく、chyme)となり、少量ずつ十二指腸に送られる。

2.3 小腸での消化

小腸は消化の主要な場である。十二指腸で膵液と胆汁が合流し、消化が完了する [5]。

栄養素 消化酵素 最終産物
炭水化物 膵アミラーゼ、マルターゼ、スクラーゼ、ラクターゼ 単糖(グルコース、フルクトース、ガラクトース)
タンパク質 トリプシン、キモトリプシン、カルボキシペプチダーゼ アミノ酸、ジ・トリペプチド
脂質 膵リパーゼ、胆汁酸(乳化) モノグリセリド、脂肪酸

2.4 胆汁の役割

胆汁は肝臓で産生され、脂質の消化吸収に不可欠である [6]。

  • 乳化作用:脂肪滴を微細化し、リパーゼの作用面積を増大
  • ミセル形成:脂肪酸・モノグリセリドを水溶性のミセルに
  • 胆汁酸の再吸収:回腸で95%が再吸収(腸肝循環)

2.5 消化の調節

消化は神経系とホルモンにより精密に調節される [7]。

  • 頭相:食物の視覚・嗅覚・味覚で消化液分泌開始
  • 胃相:胃の伸展、ガストリン分泌で胃酸分泌促進
  • 腸相:セクレチン、CCK(コレシストキニン)による膵液・胆汁分泌
ホルモン 分泌部位 作用
ガストリン 胃酸分泌促進
セクレチン 十二指腸 膵液(重炭酸)分泌促進、胃酸抑制
CCK 十二指腸 膵酵素分泌、胆嚢収縮、満腹感
GIP・GLP-1 小腸 インスリン分泌促進(インクレチン)

3. 吸収のメカニズム

3.1 小腸での吸収

栄養素の吸収は主に小腸で行われる。小腸は十二指腸、空腸、回腸に分かれ、それぞれ異なる栄養素の吸収を担う [8]。

部位 主な吸収物質
十二指腸 鉄、カルシウム、亜鉛、葉酸
空腸 糖質、アミノ酸、脂質、水溶性ビタミン
回腸 胆汁酸、ビタミンB12、脂溶性ビタミン

3.2 糖質の吸収

単糖は以下の機構で吸収される [9]。

  • グルコース・ガラクトース:SGLT1(Na⁺共輸送体)による能動輸送
  • フルクトース:GLUT5による促進拡散
  • 基底膜側:GLUT2により血液中へ

3.3 タンパク質の吸収

アミノ酸およびジ・トリペプチドとして吸収される [10]。

  • 遊離アミノ酸:Na⁺依存性輸送体による能動輸送
  • ジ・トリペプチド:PepT1(H⁺共輸送体)で吸収後、細胞内で加水分解
  • ペプチド吸収の利点:遊離アミノ酸より効率的

3.4 脂質の吸収

脂質の吸収は複雑なプロセスを経る [11]。

  1. 胆汁酸によるミセル形成
  2. ミセルから脂肪酸・モノグリセリドが上皮細胞に拡散
  3. 細胞内でトリグリセリドに再合成
  4. キロミクロン(リポタンパク質)を形成
  5. リンパ管を経て血液循環へ

中鎖脂肪酸(MCT)は門脈経由で直接肝臓へ輸送される。

3.5 水と電解質の吸収

1日に約9Lの水分が消化管を通過し、そのほとんどが小腸と大腸で吸収される [12]。

  • 小腸:約7Lを吸収(浸透圧勾配に従う)
  • 大腸:約1.5Lを吸収(アルドステロン調節下)
  • 糞便中:約100〜200mL

4. 腸内細菌叢

4.1 腸内細菌叢とは

腸内細菌叢(マイクロバイオーム)は、腸管に生息する約100兆個、1,000種以上の微生物の集合体である [13]。

  • 重量:約1〜2kg
  • 遺伝子数:ヒトゲノムの100倍以上
  • 分布:大腸に最も多く存在
  • 主要門:Firmicutes(フィルミクテス)、Bacteroidetes(バクテロイデス)

4.2 腸内細菌の機能

腸内細菌は宿主と共生関係にあり、多様な機能を果たす [14]。

  • 消化補助:難消化性炭水化物の発酵
  • 短鎖脂肪酸産生:酢酸、プロピオン酸、酪酸(腸上皮のエネルギー源)
  • ビタミン合成:ビタミンK、ビオチン、葉酸など
  • 免疫調節:腸管免疫の発達・維持
  • 病原体排除:競合的阻害、抗菌物質産生
  • 腸脳相関:神経伝達物質産生、迷走神経シグナル

4.3 腸内細菌叢に影響する因子

因子 影響
食事 食物繊維は有益菌を増加、高脂肪食は多様性低下
抗生物質 細菌叢の攪乱、多様性低下
ストレス 組成変化、透過性亢進
加齢 多様性低下、Firmicutes減少
運動 多様性増加、有益菌増加

4.4 プレバイオティクスとプロバイオティクス

  • プレバイオティクス:有益菌の餌となる難消化性成分(食物繊維、オリゴ糖)
  • プロバイオティクス:有益な生きた微生物(乳酸菌、ビフィズス菌)
  • シンバイオティクス:両者の組み合わせ
  • ポストバイオティクス:死菌や代謝産物による健康効果

5. 腸の健康

5.1 腸管バリア機能

腸管上皮は、栄養素を吸収しつつ有害物質の侵入を防ぐバリアとして機能する [15]。

  • 物理的バリア:上皮細胞、タイトジャンクション、粘液層
  • 化学的バリア:抗菌ペプチド、IgA
  • 免疫学的バリア:腸管関連リンパ組織(GALT)

5.2 腸管透過性亢進(リーキーガット)

タイトジャンクションの機能低下により腸管透過性が亢進した状態は、様々な疾患との関連が示唆されている [16]。

  • 関連因子:炎症、ストレス、アルコール、NSAIDs、腸内細菌叢異常
  • 関連疾患:炎症性腸疾患、過敏性腸症候群、自己免疫疾患
  • 注意:「リーキーガット症候群」は医学的に確立した診断名ではない

5.3 腸の健康を維持する食事

腸の健康維持には以下の食事パターンが推奨される [17]。

  • 食物繊維:1日25〜30g以上。多様な供給源から
  • 発酵食品:ヨーグルト、納豆、キムチ、味噌など
  • ポリフェノール:果物、野菜、茶、コーヒー
  • 避けるべき:過度の加工食品、人工甘味料(一部)、過剰なアルコール

5.4 生活習慣と腸の健康

  • 規則正しい食事:腸の蠕動リズムを維持
  • 十分な水分:便秘予防
  • 適度な運動:腸蠕動促進、細菌叢の多様性向上
  • ストレス管理:腸脳相関を介した影響を軽減
  • 十分な睡眠:概日リズムと腸機能の同期

6. 消化器の問題

6.1 機能性ディスペプシア

器質的疾患がないにもかかわらず、上腹部の不快症状(膨満感、早期満腹感、心窩部痛)が続く状態である [18]。

  • 有病率:成人の約10〜20%
  • 関連因子:ストレス、不規則な食事、ヘリコバクター・ピロリ感染
  • 対策:少量頻回の食事、脂質制限、ストレス管理

6.2 過敏性腸症候群(IBS)

腹痛と便通異常(下痢、便秘、またはその交代)を特徴とする機能性疾患である。

  • サブタイプ:下痢型、便秘型、混合型
  • 関連因子:脳腸相関異常、内臓知覚過敏、腸内細菌叢異常
  • 治療アプローチ:食事療法(低FODMAP食)、プロバイオティクス、心理療法

6.3 便秘

排便回数の減少や排便困難を特徴とする一般的な症状である。

  • 定義:週3回未満の排便、または硬便・排便困難
  • 一般的対策:食物繊維増加、水分摂取、運動、排便習慣の確立
  • 注意:急な便通変化は器質的疾患の除外が必要

6.4 胃食道逆流症(GERD)

胃内容物の食道への逆流により症状や合併症が生じる疾患である。

  • 症状:胸やけ、酸の逆流、嚥下困難
  • リスク因子:肥満、裂孔ヘルニア、喫煙、特定の食品
  • 生活習慣対策:就寝前の食事を避ける、頭位挙上、体重管理

6.5 受診の目安

以下の症状がある場合は医療機関を受診すべきである。

  • 持続する腹痛や消化器症状
  • 意図しない体重減少
  • 血便、黒色便
  • 嚥下困難
  • 50歳以上での新規症状
  • 家族歴(消化器がん)がある場合の症状

7. 参考文献

  1. [1] Barrett KE. Gastrointestinal Physiology. 2nd ed. McGraw-Hill; 2014.
  2. [2] Helander HF, Fändriks L. Surface area of the digestive tract – revisited. Scand J Gastroenterol. 2014;49(6):681-689.
  3. [3] Pedersen AM, et al. Saliva and gastrointestinal functions of taste, mastication, swallowing and digestion. Oral Dis. 2002;8(3):117-129.
  4. [4] Schubert ML. Gastric acid secretion. Curr Opin Gastroenterol. 2016;32(6):452-460.
  5. [5] Kiela PR, Ghishan FK. Physiology of Intestinal Absorption and Secretion. Best Pract Res Clin Gastroenterol. 2016;30(2):145-159.
  6. [6] Hofmann AF, Hagey LR. Bile acids: chemistry, pathochemistry, biology, pathobiology, and therapeutics. Cell Mol Life Sci. 2008;65(16):2461-2483.
  7. [7] Rehfeld JF. A centenary of gastrointestinal endocrinology. Horm Metab Res. 2004;36(11-12):735-741.
  8. [8] Gropper SS, Smith JL. Advanced Nutrition and Human Metabolism. 7th ed. Cengage Learning; 2018.
  9. [9] Wright EM, et al. Biology of human sodium glucose transporters. Physiol Rev. 2011;91(2):733-794.
  10. [10] Daniel H. Molecular and integrative physiology of intestinal peptide transport. Annu Rev Physiol. 2004;66:361-384.
  11. [11] Hussain MM. Intestinal lipid absorption and lipoprotein formation. Curr Opin Lipidol. 2014;25(3):200-206.
  12. [12] Ma T, Bhattacharjee H, Bhattacharyya SS. Body fluid dynamics: a primer. Anesth Analg. 2019;128(6):1209-1218.
  13. [13] Ursell LK, et al. Defining the human microbiome. Nutr Rev. 2012;70 Suppl 1:S38-44.
  14. [14] Jandhyala SM, et al. Role of the normal gut microbiota. World J Gastroenterol. 2015;21(29):8787-8803.
  15. [15] Chelakkot C, et al. Mechanisms regulating intestinal barrier integrity and its pathological implications. Exp Mol Med. 2018;50(8):1-9.
  16. [16] Camilleri M, et al. Leaky gut: mechanisms, measurement and clinical implications in humans. Gut. 2019;68(8):1516-1526.
  17. [17] Sonnenburg JL, Bäckhed F. Diet-microbiota interactions as moderators of human metabolism. Nature. 2016;535(7610):56-64.
  18. [18] Stanghellini V, et al. Gastroduodenal Disorders. Gastroenterology. 2016;150(6):1380-1392.