インフルエンザ大流行2025|「休めない職場」が生む感染爆発の構造

インフルエンザ大流行2025|「休めない職場」が生む感染爆発の構造

更新日:2024年12月15日

2024/25シーズンのインフルエンザは、1999年の統計開始以来、過去最多のペースで感染が拡大しています。日本では例年約1,000万人、つまり10人に1人がインフルエンザに感染するとされています。しかし、この数字の裏には、見過ごされがちな構造的問題が潜んでいます。「休めば収入がなくなる」という状況に置かれた非正規雇用者やアルバイト従業員が、感染しても出勤せざるを得ない現実です。本記事では、フェルミ推定を用いて「休めない職場」における感染拡大のメカニズムを考察しました。この問題に関心をお持ちの方の参考になれば幸いです。
インフルエンザ大流行2025|「休めない職場」が生む感染爆発の構造

1. 2024/25シーズンの流行状況

厚生労働省および国立感染症研究所の発表によると、2024年12月29日までに全国の医療機関から報告されたインフルエンザの患者数は、1医療機関あたり64.39人に達しました。この数値は、現在の統計方法が開始された1999年以降で最多です。43の都道府県で警報値(基準値:30人)を超え、すべての都道府県で前週より増加が続いています。

1.1 「10人に1人」という現実

日本では例年、シーズン全体で約1,000万人がインフルエンザに感染すると推計されています。2018/19シーズンでは約1,200万人が感染しました。日本の人口が約1億2,400万人であることを考えると、これは約10人に1人が感染する計算になります。今シーズンが過去最多ペースであることを踏まえれば、1,200万〜1,500万人規模の感染者が発生する可能性があります。

定点当たり報告数とは
全国約5,000カ所の「定点医療機関」が1週間に報告した患者数の平均値です。流行開始の基準は1.00、注意報は10、警報は30とされています。64.39という数値は、警報基準の2倍以上であり、極めて深刻な流行状態を示しています。

1.2 今シーズンの特異性

日本医師会は2025年1月の会見で、今シーズンは12月中旬から急激に感染者が増加していると報告しました。さらに、通常は春に流行するインフルエンザB型の波も例年より早く到来しています。これはA型に感染した後でもB型に感染するリスクがあることを意味し、流行が長期化する懸念があります。

2. フェルミ推定:「休めない職場」の感染率

ここからは、フェルミ推定を用いて「休めない職場」における感染拡大のメカニズムを分析します。アルバイトや請負形式など、休むと収入が得られない労働環境では、感染者の行動パターンが大きく異なり、それが感染率に決定的な影響を与えます。

2.1 前提条件の設定

推定に用いた基本パラメータは以下の通りです。日本の人口感染率(シーズン累計)を約10%、流行期間を約16週(12月〜3月)と仮定すると、週あたりの新規感染率は約0.6%となります。インフルエンザの基本再生産数(R0)は1.5〜2.0とされており、感染者1人から平均1.5〜2人に感染が広がります。

2.2 感染者の出勤行動の差異

問題の核心は、感染後の行動パターンにあります。有給休暇や傷病手当がある通常の職場では、発症日に70〜80%の人が休みます。一方、時給制・日給制で休むと収入がゼロになる職場では、発症しても20〜30%しか休まないと推定されます。

状況 通常職場 休めない職場
有給休暇 あり なし/少ない
傷病手当 あり なし
発症日に休む割合 70〜80% 20〜30%
ウイルス排出期間中の出勤日数 1〜2日 4〜5日

インフルエンザは発症後3〜7日間ウイルスを排出します。この期間に出勤し続けることで、二次感染者数は劇的に増加します。発症日に休む場合の二次感染者数は1〜2人ですが、発症後も5日間出勤した場合は6〜10人に感染させる可能性があります。

2.3 20人の職場における感染シミュレーション

マスク着用が任意で換気が不十分な20人の職場を想定し、連鎖感染をシミュレーションしました。

経過 通常職場 休めない職場
初期(1人発症) 1人 1人
1週目終了 3人 6〜8人
2週目終了 8人 15〜18人
3週目終了 12人 20人(全員)
推定結果
通常職場では1ヶ月後の感染率が約60%であるのに対し、「休めない職場」では2週間で75〜90%、1ヶ月後にはほぼ100%に達すると推定されます。これは一般人口の感染率(10%)の7〜10倍に相当します。

3. 構造的問題と社会的コスト

この推定が示すのは、「休めない」という個人の選択ではなく、「休ませない」という社会構造の問題です。非正規雇用者は日本の労働者の約37%を占めており、その多くが傷病手当や十分な有給休暇を持たない状況にあります。

3.1 悪循環の構造

感染拡大の連鎖
感染者Aが「休めない」ため出勤 → 同僚B, C, Dに感染 → B, C, Dも「休めない」ため出勤 → E〜Kに感染 → 2週間で組織が機能停止 → 結果として全員が強制的に休む事態に

皮肉なことに、初期に1人を休ませるコストを惜しんだ結果、最終的には全員分の生産性を失うことになります。これは個人の問題ではなく、制度設計の欠陥です。

3.2 公衆衛生としての労働政策

傷病手当や有給休暇の制度は、しばしば「労働者の福利厚生」として議論されます。しかし、本稿の分析が示すように、これらは公衆衛生政策としての側面も持っています。感染症の拡大を防ぐためには、感染者が安心して休める環境が不可欠です。

構造的対策の方向性

  • 傷病手当の拡充:非正規雇用者を含む全労働者への適用
  • 有給休暇の取得促進:感染症罹患時の取得を義務化
  • 事業者への補償制度:従業員を休ませた事業者への支援
  • テレワーク環境の整備:出勤せずとも働ける選択肢の確保

3.3 私たちにできること

個人レベルでは、手洗い・換気・マスク着用といった基本的な感染対策が重要です。しかし、それだけでは「休めない人が出勤してくる」という構造的リスクには対処できません。この問題は、労働政策と公衆衛生政策の交差点にあり、社会全体で議論すべき課題です。

2024/25シーズンの記録的な流行は、私たちに問いかけています。「誰かが休めない社会」は、結局のところ「誰もが感染するリスクを負う社会」なのではないか、と。

参考・免責事項
本記事は2024年12月15日時点の情報に基づいて作成されています。フェルミ推定による数値は概算であり、実際の感染率は環境や条件によって大きく異なります。記事内容は個人的な考察に基づくものであり、医学的な診断や政策提言を行うものではありません。体調に不安がある場合は医療機関にご相談ください。感染症対策については、厚生労働省や国立感染症研究所の公式情報をご確認ください。