日本鉄道の車内ディスプレイ考察|広告優先で乗客情報が犠牲に
日本鉄道の車内ディスプレイ考察|広告優先で乗客情報が犠牲に
更新日:2024年12月19日
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第1章:日本の車内ディスプレイ現状と各社比較
日本の鉄道会社は世界でも最も充実した車内デジタルサイネージ網を構築している。JR東日本だけで約5万面、全国では9万面以上のLCD/LEDディスプレイが稼働している状況だ。しかしその多くは広告表示に使われ、乗客が最も必要とする「現在位置」の情報は軽視されている。
電子看板とも呼ばれ、ディスプレイやプロジェクターを使って情報を発信するシステム。鉄道では車内LCD画面やLED表示器がこれにあたる。
JR各社の状況を見ると、東日本と西日本が圧倒的な規模を誇る一方、東海・北海道・四国は広告放映を行わず案内専用という明確な二極化が見られる。
| 鉄道会社 | ディスプレイ数 | 広告放映 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| JR東日本 | 約56,680面 | あり | 2024年「TRAIN TV」開局、ギネス認定 |
| JR西日本 | 6,716面 | あり | WESTビジョン展開 |
| JR東海 | 案内専用 | なし | 新幹線含め広告機能なし |
| JR北海道 | 一部導入 | なし | 2024年から15インチLCD導入開始 |
| JR四国 | LED式のみ | なし | 車内デジタルサイネージ未導入 |
関東私鉄では東急・小田急・京王・西武が本格的な広告媒体として運用している。東急電鉄の「TOQビジョン」は2002年に開始した先駆的存在で、東横線では搭載率100%を達成。広告料金は4路線セット7日間15秒で約100万円からとなる。一方、京急電鉄は本格的な車内デジタルサイネージ広告媒体を持たず、駅サイネージ中心の展開にとどまる。これは広告収入が見込めない路線では投資回収が困難という現実を示している。
関西私鉄は関東に比べて車内広告に慎重な姿勢が目立つ。阪急電鉄は32インチハーフカットLCDを新型車両に搭載するものの、広告審査が厳しく他社広告は限定的。走行中のみ左側が広告画面に変化し、着座状態では「ほとんど見えない」ほど小さいサイズとなる設計だ。
地下鉄では東京メトロが最大規模を誇る。「Tokyo Metro Vision」は全9路線に計19,492面を展開し、1日約595万人にリーチする。ただし、コロナ禍に共同通信提供のニュース・天気予報が廃止されたままという点は乗客利便性の観点から課題といえる。注目すべきは大阪メトロで、駅到着前・停車中は広告映像が消えて路線図・駅名が全画面表示になる設計思想を採用している。これは「乗客情報優先」の合理的なアプローチである。
第2章:海外との比較と広告依存の構造
海外の主要地下鉄システムと比較すると、日本の車内ディスプレイ普及率は世界トップクラスだが、技術革新ではソウル地下鉄が最先端を走っている。
ソウル地下鉄:透明OLEDパネル導入、次駅名を画面上部に常時表示、4言語対応
ニューヨークMTA:広告80%・乗客情報20%、年間1億ドル以上の広告収入
パリメトロ:新型車両で乗客情報優先設計、オフピーク時にデジタルアート表示
台北MRT:各ドア上に48インチLCD、吊り革にまでePaper設置
ソウルは2025年、汝矣島駅のプラットフォームスクリーンドアにLG Display製の透明OLEDパネル32枚を設置し、GTX-A線では車窓にも55インチ透明OLEDディスプレイを導入した。次駅名は画面上部に常時表示されるようシステム更新が行われており、これは日本の乗客が求めている改善点そのものだ。
| 項目 | 日本(JR東日本) | ソウル地下鉄 | ニューヨークMTA |
|---|---|---|---|
| 広告比率 | 高い(番組形式) | 中程度 | 80% |
| 現在位置表示 | 断続的 | 常時表示 | 限定的 |
| 多言語対応 | 日英中韓 | 韓英日中 | 英語中心 |
| 技術革新 | LCD中心 | 透明OLED導入 | 従来型LCD |
日本の鉄道会社が広告収入を重視する背景には、「小林一三モデル」に端を発する民営・独立採算の歴史的構造がある。阪急電鉄創業者の小林一三が確立した「乗客は電車が創造する」モデルでは、鉄道敷設から沿線開発、人口増加、運賃収入という好循環を前提に、不動産・流通・広告など多角化事業で収益を補完する構造が形成された。大手私鉄16社の営業利益に占める運輸事業の割合は約50%前後にすぎず、残りを不動産、流通、レジャー、広告事業が稼いでいる。
2023年:801億円(前年比119%)、うち交通機関分野399億円(約50%)
2027年予測:1,396億円(2023年比174%増)
一方、欧州では公共交通は「公共サービス」として税金・補助金で運営される傾向が強い。ドイツのD-チケット(49ユーロ/月でドイツ全土乗り放題)には年間15億ユーロ(約2,100億円)の公的支援があり、エストニア・タリン市では市民の公共交通を無料化(公的補助90%)している。この根本的な違いが、日本の鉄道会社が広告収入に依存せざるを得ない構造を生んでいる。
第3章:乗客の不満と今後の展望
2025年3月、お笑いコンビ「兄弟」の紅葉氏がJR京葉線の液晶ディスプレイについて「この画面だけずっと出しててほしい」と投稿し、約2,750万回表示される反響を呼んだ。「特に慣れてない路線乗ってる時毎回それ思う」「駅に着いたときくらいは今どこの駅か表示しろ」「車窓からホームの駅名が確認できる確率って、むちゃくちゃ低くないですか?」といった共感の声が殺到した。
JR東日本はこれに対し、液晶ディスプレイの正式名称は「情報提供装置」であり、国土交通省のバリアフリー整備ガイドライン等を考慮して表示していると説明。しかし「写真の情報のみを常に表示することはできない」「2画面分割も表示スペースや文字の大きさを考慮すると困難」と回答しており、乗客の要望とは乖離がある。
問題の本質
- 音声案内の限界:音声は一瞬で消える「揮発性」情報。聞き逃した人、途中乗車の人、イヤホン装着者、聴覚障害者、外国人が情報から排除される
- 技術の問題ではない:表示装置は既に存在。現在位置を表示する技術がないのではなく、画面を広告に使うことを選択している
- 優先順位の問題:乗客の利便性より鉄道会社の広告収入が優先されている構造
改善の動きとしては、2024年4月に開局したTRAIN TVが挙げられる。CM比重の高かった従来の編成を番組中心へ大きく変更し、開局時に廃止されていた天気予報は2024年10月に「TRAIN TV WEATHER+」として復活した。また、大阪メトロの「駅到着時に広告を消して全画面で駅名表示」という設計思想は、この問題に対する一つの解答といえる。
今後の方向性としては以下が考えられる。
| 改善案 | 実現可能性 | 課題 |
|---|---|---|
| 大阪メトロ方式の採用拡大 | 高い | 広告収入減少への対応 |
| 画面分割(常時位置表示) | 中程度 | JR東日本は「困難」と回答 |
| スマホアプリ連携強化 | 高い | デジタルデバイド問題 |
| 透明OLED導入(ソウル方式) | 低い | 大規模投資が必要 |
民営・独立採算という日本独自の構造的制約がある以上、広告収入を完全に排除することは現実的ではない。しかし、2,750万回表示された投稿が示すように、乗客の潜在的不満は無視できない規模に達している。公共交通としての本質的使命は「乗客を安全・快適に目的地へ運ぶこと」であり、そのために必要な情報提供は広告より優先されるべきではないだろうか。鉄道会社は今、乗客と広告主のどちらを向いて事業を行うのか、岐路に立っている。
本記事は2024年12月時点の情報に基づいています。各鉄道会社のサービス内容は変更される可能性があります。広告料金等の詳細は各社にお問い合わせください。
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