Expo 2025大阪振り返り|失われた生命と未来テクノロジーの矛盾を考える

Expo 2025大阪振り返り|失われた生命と未来テクノロジーの矛盾を考える

更新日:2025年10月13日

2025年4月13日から10月13日まで開催されたExpo 2025大阪。「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに、最先端テクノロジーが展示されました。しかし、その会場となった夢洲は、かつて多様な鳥類が生息する生物多様性ホットスポットでした。人間の生命の輝きを追求するために、他の生命の居場所を奪った。この根本的な矛盾から、私たちは何を学べるのか。個人的な関心から考察してみました。

夢洲という名の鳥の楽園

Expo 2025の会場となった夢洲は、もともと1991年から埋め立てが始まった廃棄物処分場でした。しかし、人間が「ゴミ」として捨てた場所で、思いがけない奇跡が起きていました。

生態系の自然再生

時間とともに、産業廃棄物の埋立地は湿地生態系へと変貌を遂げました。多様な鳥類が飛来し、植物が根を張り、昆虫が繁殖する。人間が見捨てた土地に、生命は静かに帰ってきたのです。

項目 詳細
生物多様性ランク ランクA(ホットスポット)
生態系調査 大阪自然環境保全協会が3年以上、100回以上実施
主な生息生物 多様な鳥類、湿地植物、ユスリカ等の昆虫類
環境的価値 大阪湾エリアの自然再生の象徴的存在
市民の声
大阪自然環境保全協会は2018年から、夢洲の環境保護を求める要望書を提出していました。「多様な鳥類が記録されている夢洲において、工事開始までに専門家の意見を聞きながら、これらの鳥類の生息地に配慮した環境整備のロードマップを作成すべき」と訴えていました。

失われる前の記録

万博開催が決定した後、市民団体は急ピッチで生態系の記録を続けました。なぜなら、開発が始まれば、この生態系は二度と戻らないことを知っていたからです。

「夢洲は、かつて深刻な汚染を経験した大阪湾エリアにおける自然再生の大きな流れを創出し、大阪の『都市の品格』を高めることになる」——大阪自然環境保全協会

しかし、その声は十分に届きませんでした。2025年4月、夢洲の湿地は155ヘクタールの万博会場へと姿を変えました。

Society 5.0が描く未来

Expo 2025のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。日本政府が推進する「Society 5.0」構想を体現する場として位置づけられました。

Society 5.0とは何か

Society 5.0は、狩猟社会(1.0)、農耕社会(2.0)、工業社会(3.0)、情報社会(4.0)に続く、第5の社会形態を指します。IoT、AI、ロボット、ビッグデータ、バイオテクノロジーなどの技術によって、地球規模の問題を解決できる社会です。

解決目標 展示されたテクノロジー
医療・健康 iPS細胞による再生医療、8分間健康診断、50年後の姿を予測するAI
労働力不足 人型ロボット、配送ロボット、ロボカフェ、介護ロボット
移動の革新 空飛ぶ車(eVTOL)、4本脚ロボット車両CORLEO(時速80km)
人間拡張 視覚障害者用AIスーツケース、アバターロボット
持続可能性 再生可能エネルギー、世界最大級の木造建築(Grand Ring)

Future of Lifeパビリオンの野心

最も注目を集めたのは、ロボット工学者・石黒浩氏が監修した「Future of Life」パビリオンでした。ここでは、50年後、1000年後の人類の姿が展示されていました。

人類進化のタイムライン展示
ゾーン1(過去):古代の埴輪から現代ロボットまで、日本人が物に「命」を吹き込んできた歴史
ゾーン2(50年後):ロボットとAIが日常に溶け込み、人間の能力を拡張する社会
ゾーン3(1000年後):進化した人類「MOMO」——永遠の若さと長寿の象徴

会場には30体以上のアバターとロボットが配置され、人間とロボットが共存する未来を体験させました。人間そっくりなアンドロイド、天使のようなコミュニケーションロボット「Pangie」、未来人類の象徴「Petra」や「Punica」。

「科学技術の発展が生命の可能性を大きく広げ、人間がロボットや人工知能と共存する未来社会」——石黒浩

失われた生命、展示された生命

ここで、私たちは根本的な矛盾に直面します。「いのち輝く未来」を語る万博が、実際の生命の居場所を奪って開催されたという事実です。

二つの「いのち」の対比

観点 失われた生命(鳥・湿地生態系) 展示された生命(テクノロジー)
存在様式 自然発生的、自律的、相互依存的 人工的、人間依存的、制御可能
価値の測り方 生態系サービス、固有の生存権 人間への有用性、経済価値
時間軸 30年かけて自然再生された 6ヶ月間の展示、その後は解体
誰のための「いのち」か 生態系全体の一部 人間の「輝き」のため

ユスリカ問題に見る皮肉

万博開催中、会場では「ユスリカ」という小さなハエのような虫が大量発生しました。これは湿地生態系の住人たちでした。人間に害はありませんが、建物に付着し、景観を損ねるという理由で、殺虫剤が散布されました。

生態系の抵抗
ユスリカは、元々この場所に生息していた生物です。万博が「自然との共生」を謳いながら、実際の自然を排除していた象徴的な出来事でした。さらに、SNSでは「ユスリカがマラリアを媒介する」という誤情報が拡散され、専門家が否定に追われる事態にもなりました。

持続可能性の矛盾

万博は「持続可能性」を重要テーマとしていました。世界最大級の木造建築「Grand Ring」、再生可能エネルギーの活用、廃棄物削減戦略。しかし、その持続可能性の議論から、会場建設によって失われた生態系の視点は、ほぼ欠落していました。

私たちは、テクノロジーで人間の生命を輝かせることには熱心ですが、人間以外の生命が輝く権利については、どれほど真剣に考えているのでしょうか。

唯一の希望:Future Life Village

しかし、万博会場の中に、一つだけ異なるメッセージを発するパビリオンがありました。「Future Life Village」です。

生態系の記憶を尊重する設計

このパビリオンは、建築家集団KOMPASによって設計されました。彼らは、夢洲の「生態学的記憶」を建築に反映させようとしました。

設計思想 具体的手法
土地の歴史を認める 廃棄物処分場→湿地生態系への変遷を建築言語に翻訳
生物多様性の象徴化 中庭に散在する植栽と池、個々の種を強調
循環と再生 解体・再利用可能なガビオン(石籠)システム
「多様性の中の統一」 多様な声・活動・視点が階層なく共存する空間

Future Life Villageの重要なメッセージ

  • 場所には記憶がある:夢洲は「白紙」ではなく、生態系の歴史を持つ土地である
  • 建築は自然を「消す」のではなく「参加」できる:生息地創出を積極的に行う設計
  • 一時的建築の責任:万博後の解体・移設を前提とした持続可能な構造

このパビリオンは、他の多くの展示とは対照的でした。テクノロジーの力で自然を「管理」「制御」するのではなく、自然の進化プロセスに「参加」しようとしたのです。

「再生された土地を白紙のキャンバスとして扱うのではなく、記憶と進行中の自然プロセスを持つ風景として扱う」——KOMPAS建築チーム

テクノロジーの行く末を問い直す

万博が閉幕した今、私たちは何を学ぶべきでしょうか。

人間中心主義の限界

Society 5.0が描く未来は、徹底して「人間のため」の社会です。医療、労働、移動、娯楽——すべてが人間の利便性と幸福を最大化するために設計されています。

しかし、その「人間の輝き」の代償として、他の生命の居場所が失われていく。この構造は、万博会場だけの問題ではありません。私たちの文明全体が直面している根本的なジレンマです。

テクノロジーは何を解決できるのか

問題 テクノロジーによる解決策 根本的な問いかけ
労働力不足 ロボット、AI、自動化 なぜ私たちはそんなに「生産」し続ける必要があるのか?
医療の限界 再生医療、遺伝子治療、長寿技術 人間の寿命が延びることで、地球の資源消費はどうなるのか?
移動の非効率 空飛ぶ車、高速交通 なぜ私たちはそんなに急いでどこかへ行く必要があるのか?
自然災害 予測システム、耐災害インフラ 自然を「制御」しようとすることが、新たな問題を生んでいないか?

50年後、1000年後の地球

Future of Lifeパビリオンは、50年後、1000年後の「人類」を展示しました。しかし、その未来の地球に、鳥はいるのでしょうか。湿地はあるのでしょうか。多様な生態系は残っているのでしょうか。

考えるべき視点
テクノロジーは道具です。問題は、私たちが何を「解決すべき問題」と定義するかです。人間の不便さを解決することだけが目標なら、私たちは他の生命との共生を見失います。

もう一つの未来の可能性

万博が示したのは、「人間がテクノロジーで全てをコントロールする未来」でした。しかし、Future Life Villageが示唆したのは、「人間が生態系の一部として、謙虚に参加する未来」です。

従来型の未来観 共生型の未来観
自然を管理・制御する 自然と協働する
人間の利便性を最大化 生態系全体の健康を重視
テクノロジーで問題解決 問題そのものを問い直す
成長と効率を追求 適正規模と循環を重視
人間中心主義 生命中心主義

私たちに残された問い

Expo 2025が閉幕し、会場は解体されます。そして夢洲はどうなるのでしょうか。カジノを含む統合型リゾート(IR)の開発が予定されています。生態系の再生を求める声は、再び届かないのでしょうか。

「いのち輝く未来社会」とは、本当に人間の生命だけが輝く社会なのか。それとも、すべての生命が輝く権利を持つ社会なのか。万博は終わりましたが、この問いに答える責任は、まだ私たちに残されています。

私たち一人ひとりができること

  • テクノロジーへの問いかけ:新しい技術に出会ったら、「誰のため?」「何の犠牲の上に?」と問う習慣を持つ
  • 身近な自然の価値を認識:都市の公園、川、雑草地にも生態系がある。それらを「未利用地」と見なさない
  • 消費行動の見直し:便利さと効率だけを追求する生活様式が、どこかで自然を圧迫していないか考える
  • 声を上げる:開発計画に対して、生態系への影響を問う市民の声が、唯一のブレーキになる

夢洲の鳥たちは、もう帰ってきません。しかし、その記憶を忘れず、次の「開発」では同じ過ちを繰り返さない。それが、失われた生命への、私たちの最低限の責任ではないでしょうか。

参考・免責事項
本記事は2025年10月13日時点の情報とExpo 2025関連の各種資料、環境団体の報告書に基づいて作成されています。記事内容は個人的な考察であり、特定の組織や団体の見解を代表するものではありません。環境問題やテクノロジーの評価には様々な立場と意見があり、本記事はその一つの視点を提示するものです。開発と環境保全のバランスについては、専門家の意見や科学的データを参照し、多角的に判断することが重要です。