戦争の起源を考察|本能・経済構造・集団心理から読み解く人類の暴力性

戦争の起源を考察|本能・経済構造・集団心理から読み解く人類の暴力性

更新日:2024年12月1日

なぜ人類は戦争を繰り返すのか。この根源的な問いに対して、政治的な説明や経済的な分析だけでは十分な答えが得られないと感じることがあります。「悪い指導者がいたから」「経済的利益のため」という説明は、表面的な理解に留まっているのではないか。そんな疑問から、進化心理学、霊長類学、政治経済学、集団心理学など複数の学問分野を横断しながら、戦争の起源について個人的に調査・考察してみました。本記事では、人間の本能的な攻撃性から、それを増幅させる社会構造、そして利益を得る経済システムまで、多層的な視点から戦争という現象を読み解いていきます。同じように人類の暴力性について関心をお持ちの方に、何かしらの参考になれば幸いです。
戦争の起源を考察|本能・経済構造・集団心理から読み解く人類の暴力性

戦争認識の相対性と正当化の構造

歴史認識は立場によって異なる

20世紀の大規模戦争における「残虐性」の評価は、どの地域から見るかによって大きく異なります。これは単なる主観の違いではなく、直接的な被害経験、戦後の教育、記憶の継承方法など、複合的な要因によって形成されるものです。

たとえば、ある地域では組織的な民族迫害が最も深刻な人道犯罪として記憶され、別の地域では侵略戦争に伴う虐殺や占領支配がより強く意識されています。どちらがより「ひどい」かという比較自体、被害者への敬意を欠く面があり、単純な序列化は困難です。重要なのは、それぞれの地域で異なる歴史的記憶が存在することを認識し、相互理解を深めることではないでしょうか。

認識の形成要因
歴史認識は以下の要因によって形成されます。直接的な被害経験の有無、戦後処理と補償の程度、教育における歴史の扱い方、そして社会における記憶の継承方法。これらが複合的に作用し、地域ごとに異なる「歴史の見方」が生まれます。

正当化のレトリック

大規模な民間人殺害は、歴史上しばしば「より大きな犠牲を防ぐため」「平和を早期に実現するため」といった論理で正当化されてきました。しかし、後の歴史研究によって、こうした公式見解の背後にある複合的な動機が明らかになることが少なくありません。

戦時中の政策決定には、純粋な軍事的合理性だけでなく、戦後の国際秩序における優位性の確保、国内政治への配慮、すでに投じた資源の正当化といった要因が絡み合っています。ある著名な軍事指揮官が「もし我々が敗北していたら、戦争犯罪人として裁かれていただろう」と述べたように、「正義」と「犯罪」の境界線は、しばしば勝敗によって引かれるという現実があります。

数値化の限界と質的評価

戦争の「ひどさ」を犠牲者数で測ることは、最もシンプルで合理的なアプローチに見えます。実際、歴史上の大規模な人道犯罪については、数百万から数千万人規模の犠牲者数が推計されています。しかし、数字だけでは捉えきれない側面があることも事実です。

たとえば、計画的・組織的な民族絶滅と、戦争遂行過程で発生した虐殺を同列に比較できるのか。また、殺害の方法、被害者の苦痛の程度、遺族への影響といった「質」的な側面をどう評価するか。これらは倫理的・哲学的な問題であり、単純な数値比較では答えが出ません。

一方で、「殺された人からすれば、理由が何であれ殺されたことに変わりはない」という視点も重要です。犠牲者一人一人にとっての苦しみは、加害者の「意図」や「目的」とは無関係に存在します。この観点からは、人数による評価にも一定の合理性があると言えるでしょう。

評価軸の多様性
戦争犯罪の評価には複数の軸があります。犠牲者の総数、計画性と組織性の程度、民間人を標的としたかどうか、国際法違反の明確さ、そして戦後の責任追及と反省の度合い。どの軸を重視するかによって、評価は大きく変わります。

経済構造と「意図なき責任」の問題

戦争と経済利益の関係

戦争が特定の産業に経済的利益をもたらすことは、構造的な事実として認められています。武器・兵器の需要増加、関連企業の株価上昇、軍事予算の拡大に伴う契約機会の増大など、戦争状態が一部の経済主体にとって有利に働く構造が存在します。

この構造を維持・強化するメカニズムも、ある程度は検証可能です。軍需関連企業によるロビー活動への多額の支出、政府高官と民間企業の間の人事異動(いわゆる「回転ドア」)、国防政策への業界団体の影響力行使などは、公開情報として確認できます。

構造的要素 内容 検証可能性
経済的利益 戦争による需要増加と利益拡大 高い(財務データで確認可能)
ロビー活動 政策決定への影響力行使 高い(公開記録あり)
人事の回転ドア 官民間の人材移動 高い(経歴で確認可能)
意図的な戦争誘発 利益のために戦争を起こす 低い(直接証明は困難)

「意図」と「結果」の哲学的問題

「戦争を意図的に起こした」ことを直接証明することは困難です。しかし、ここで重要な問いが生じます。「意図していなかった」ということは、責任の免除につながるのでしょうか。

法学には「未必の故意」という概念があります。結果を確実に望んだわけではないが、起きるかもしれないと認識しながら行動した場合、意図的な行為と同等に扱われるという考え方です。この概念を援用すれば、「戦争を起こすつもりはなかったが、戦争が起きやすくなる構造を維持・強化した」場合にも、一定の責任を問うことができるかもしれません。

さらに踏み込んで考えると、「意図」という概念自体を疑問視する立場もあります。人間の意識や意図は、脳内の神経活動の結果として生じるものであり、究極的には物理的・化学的プロセスに還元できるという見方です。この観点からは、「意図があったか否か」よりも「行動とその結果」で判断すべきということになります。

責任の多層構造

  • 直接的責任:戦争を開始する決定を下した者
  • 構造的責任:戦争が起きやすい構造を維持・強化した者
  • 受益者責任:戦争から利益を得ながら、その構造を変えようとしなかった者
  • 傍観者責任:構造を認識しながら、異議を唱えなかった者

陰謀論との境界線

ここで注意すべきは、構造的な分析と陰謀論の区別です。「特定の民族や秘密結社が戦争を操っている」という主張は、多くの場合、検証不可能であり、歴史的には差別や迫害の正当化に使われてきました。

構造的な分析は、特定の「悪者」を名指しするのではなく、システム全体の力学を理解しようとするものです。戦争で利益を得る構造は、特定の民族や集団ではなく、政治・経済システムの問題として分析されるべきでしょう。

たとえば、「軍需産業が戦争を望んでいる」という分析と、「〇〇人が戦争を起こしている」という主張は、本質的に異なります。前者はシステムの力学を指摘するものであり、後者は特定集団への責任転嫁です。後者のような主張は、実際の権力構造や経済システムの分析を妨げ、問題解決を遠ざけてしまいます。

陰謀論の特徴
陰謀論は一般に以下の特徴を持ちます。検証不可能な主張に依存する、複雑な現象を単純な「黒幕」で説明しようとする、反証を「隠蔽の証拠」として解釈する、そして特定の集団への偏見を助長する。これらの特徴を意識することで、構造的分析との区別が可能になります。

深層の本能:霊長類学と進化心理学からの考察

戦争の三層構造

ここまでの考察を踏まえると、戦争という現象は少なくとも三つの層で理解できることがわかります。表層には政治的な理由、正義や防衛といった公式の説明があります。中層には経済的利益、権力構造、軍産複合体といった検証可能な要因があります。そして深層には、人間の本能的な攻撃性や支配欲求が存在する可能性があります。

戦争の三層構造モデル

【表層】公式の説明(文書化される)
政治的理由、国家防衛、正義の実現、人道的介入など。歴史書や公文書に記録され、教科書で教えられる内容。

【中層】経済・権力構造(部分的に検証可能)
軍需産業の利益、資源獲得、地政学的優位、国内政治への配慮など。調査報道や学術研究で明らかにされることがある。

【深層】本能・無意識(文書化されない)
攻撃性、支配欲求、集団間競争の本能、恐怖と怒りの感情など。当事者自身も自覚していない可能性がある。

表層と中層については、これまでの歴史学や政治経済学が多くの知見を蓄積してきました。しかし深層については、人文・社会科学だけでは十分にアプローチできない領域です。ここで、霊長類学や進化心理学の知見が重要になってきます。

霊長類研究からの示唆

京都大学元総長で霊長類学者の山極壽一氏は、長年のゴリラ研究に基づいて、人間の暴力性について興味深い考察を展開しています。山極氏によれば、ゴリラは集団間で殺し合いをしない一方、チンパンジーは集団間で計画的な「戦争」を行うことがあります。では、人間はどちらに近いのでしょうか。

人間はチンパンジーと同様に、集団間での組織的な暴力を行う能力を持っています。しかし同時に、ゴリラのような平和的な共存の可能性も持ち合わせています。山極氏は、人間の大規模な集団形成能力が、大規模な暴力(戦争)を可能にしたと指摘しています。言語の発達や共同体意識の形成が、「我々」と「敵」を区別する能力を生み出し、それが集団間暴力の基盤となったという見方です。

山極壽一氏の主要著作
『暴力はどこからきたか:人間性の起源を探る』では、霊長類の比較研究から人間の暴力性の進化的起源を考察しています。また『家族進化論』では、人間の社会性と家族形成の進化的背景を分析しています。これらの著作は、人間の本性を理解する上で重要な視座を提供しています。

進化心理学の視点

進化心理学は、人間の心理的特性を進化の産物として理解しようとする学問分野です。この観点からは、攻撃性や支配欲求は、進化の過程で獲得された適応的な特性として説明されます。

人類の祖先が生存競争を生き延びる上で、領土の確保、資源の獲得、集団の防衛といった課題は極めて重要でした。これらの課題に対処するために、攻撃性や集団間競争の傾向が進化的に選択された可能性があります。特に男性においては、生殖競争の文脈で、リスクを取る傾向や攻撃性がより強く選択されたという仮説があります。

スティーブン・ピンカーは『暴力の人類史』において、人間の暴力性は進化的に獲得されたものであると同時に、文明化の過程で徐々に抑制されてきたと論じています。これは、人間の本性には暴力性が含まれているが、社会制度や文化的規範によってそれを制御できることを示唆しています。

集団心理の増幅効果

個人レベルの攻撃性は、集団になることで増幅されます。これは「集団極性化」として知られる現象であり、集団討議を経ると、個人の意見がより極端な方向に移行する傾向があります。

19世紀末にギュスターヴ・ル・ボンが『群衆心理』で指摘したように、人間は集団の中に入ると、個人としての理性や道徳的抑制が弱まることがあります。匿名性、責任の分散、感情の伝染といったメカニズムによって、個人では決して行わないような行動を集団では行ってしまうことがあるのです。

この知見は、戦争における残虐行為を理解する上で重要です。戦争犯罪を犯した個人の多くは、平時には「普通の人」であったことが知られています。集団の力学、権威への服従、敵の非人間化といった要因が組み合わさることで、通常では考えられない行為が可能になるのです。

無意識の力学

深層の本能や集団心理は、当事者自身も明確に意識していないことが多いという点が重要です。政策決定者が「経済的利益のために戦争を起こそう」と明確に意図することは稀かもしれませんが、様々な要因が無意識のうちに判断に影響を与えている可能性があります。

恐怖、怒り、面子、集団への帰属意識といった感情的・本能的な要因は、合理的な政策分析の背後で作用しています。これらは公文書や回顧録に記録されにくく、歴史学的な検証も困難です。しかし、戦争の起源を十分に理解するためには、この「文書化されない」層にも目を向ける必要があるでしょう。

関連する学問分野

  • 霊長類学:人間の暴力性を類人猿との比較から考察。山極壽一、フランス・ドゥ・ヴァールなど
  • 進化心理学:攻撃性の進化的起源を研究。スティーブン・ピンカー、デイヴィッド・バスなど
  • 社会生物学:集団間競争を生物学的に説明。E.O.ウィルソンが創始
  • 国際関係論(リアリズム):国家の権力追求を前提とした分析。ハンス・モーゲンソー、ケネス・ウォルツなど
  • 政治経済学:戦争と資本主義の関係を分析。軍産複合体論など
  • 集団心理学:集団における理性喪失の現象を研究。ギュスターヴ・ル・ボンなど

統合的理解に向けて

以上の考察を踏まえると、戦争を「悪い誰かが起こすもの」と単純化することの問題点が見えてきます。戦争は、人間という種の本能、それを増幅する集団構造、そして利益を得る経済システムが複合的に絡み合った現象として理解すべきではないでしょうか。

この理解は、戦争の責任を曖昧にするためのものではありません。むしろ、個人や特定集団を「悪者」として批判するだけでは不十分であり、より構造的・体系的なアプローチが必要であることを示唆しています。

人間の本能的な攻撃性を完全に消し去ることは不可能かもしれません。しかし、その発現を抑制する社会制度、攻撃性をスポーツや競争などの非暴力的な形で発散させる文化的装置、そして戦争を起こしにくくする国際的な枠組みを整備することは可能です。戦争の深層的な起源を理解することは、こうした取り組みの基盤となるはずです。

本記事で提示した「三層構造モデル」は、あくまで一つの整理の仕方に過ぎません。戦争という複雑な現象を完全に説明することは、おそらく不可能でしょう。しかし、表層の政治的説明だけでなく、中層の経済構造、深層の本能にまで視野を広げることで、より深い理解に近づくことができるのではないかと考えています。

参考文献・関連書籍
山極壽一『暴力はどこからきたか:人間性の起源を探る』NHKブックス
スティーブン・ピンカー『暴力の人類史』(上・下)青土社
ギュスターヴ・ル・ボン『群衆心理』講談社学術文庫
フランス・ドゥ・ヴァール『共感の時代へ:動物行動学が教えてくれること』紀伊國屋書店
ハンス・モーゲンソー『国際政治:権力と平和』岩波文庫

参考・免責事項
本記事は2024年12月1日時点の情報に基づいて作成されています。記事内容は個人的な考察に基づくものであり、特定の学説や立場を代表するものではありません。専門的な判断については関連分野の専門家にご相談ください。重要な決定については、複数の情報源を参考にし、自己責任で行ってください。なお、本記事は特定の民族、国家、集団を批判・擁護する意図を持つものではなく、戦争という現象の構造的理解を目指したものです。