第1章：現状の問題点と安全基準の概要

問題の背景：教育機関での旋盤作業指導の実態

一部の教育機関において、以下のような旋盤作業の指導が行われているケースがあります。

この指導方法について、以下の安全上の懸念が指摘されています。

チャックレンチに関する重大な危険性

チャックレンチを取り付けたまま主軸を回転させることは、旋盤作業における最も重大な禁止事項の一つです。以下のような重大事故が多発しています。

厚生労働省安全センターの「旋盤使用上の注意事項」では、「チャックハンドル（レンチ）をチャックにつけたままにしない」ことが最重要事項として記載されています。すべての旋盤メーカーの取扱説明書でも、赤字・太字で「絶対禁止」と明記されています。

複数人作業の危険性：1人作業の方が安全

指摘された通り、1人で作業すれば起動ボタンを誤って押すことはなくなります。複数人が無監督で同じ機械周辺にいることは、以下の理由で危険性を増大させます。

実際、2人作業体制での死亡事故事例では、同僚が停止方法を知らず救助できなかったケースがあります。複数人いることが必ずしも安全性向上につながらないことが証明されています。

作業灯の用途：削る作業のためのものか

指摘された通り、「ライトは旋盤でものを削る作業の用途のみで使用するべき」という認識は正しいです。作業灯（機械照明）は以下の目的で設計されています。

• 切削点の視認（刃物が削っている部分の確認）
• 仕上げ面の確認（削った後の表面の状態チェック）
• 工具の位置確認（回転中の安全な工具移動）
• 切りくずの飛散状況の確認

つまり、作業灯は「機械が運転中」に使用するためのものであり、ワークのセット・取り外しという「機械が停止すべき作業」のために電源を入れることは、設計思想に反します。

調査の結論：重大な安全基準違反

徹底的な調査の結果、この指導方法はJIS規格および労働安全衛生法の安全原則に明確に抵触し、極めて危険であることが判明しました。

製造業における労働災害の現状

厚生労働省の労働災害統計によると、製造業では「はさまれ・巻き込まれ」が死傷災害の50%以上を占め、令和5年には7,044人が被災しています。旋盤作業での主軸回転中の接触事故、特にチャックレンチの飛翔による事故が多数発生しています。

なぜこのような指導が行われるのか

照明問題への対処として、古い旋盤では作業灯が機械の主電源と連動しているため、電源を切ると照明も消え、ワークの位置確認が困難になります。しかし、この問題は独立電源のLED作業灯を追加する（コスト：数千円から数万円）ことで容易に解決可能です。

照明問題を理由に、「チャックレンチを取り付けたまま電源投入」「複数の初心者が無監督で作業」という根本的な安全原則の違反を正当化することはできません。

第2章：JIS規格・法令・国際基準の詳細分析

JIS規格による明確な禁止規定

調査の結果、JIS B 6031:2014「工作機械－安全性－旋盤」の第5.2.3条a)3)が、最も明確な安全基準であることが判明しました。この規格は「主軸回転中に工作物保持装置の手動開閉が可能であってはならない」と明記しています。

規格が要求する安全要件の段階的構築

JIS B 6031は、以下の3段階で安全性を確保することを要求しています。

ニュートラル状態の危険性に関する考察

規格には「ニュートラル確認」という用語の直接的記載はありませんが、JIS B 9714「機械類の安全性－予期しない起動の防止」が引用され、エネルギー遮断とエネルギーの消散が要求されています。

電源が投入されている状態では、たとえギアがニュートラル位置にあっても、レバーの誤操作により即座に主軸が回転開始する可能性があり、「予期しない起動」のリスクが残存します。特に、チャックレンチを取り付けたまま電源を入れることは、誤操作の瞬間にレンチが飛翔する重大事故につながります。

労働安全衛生法の規定と致命的な曖昧性

労働安全衛生規則第107条第1項は、機械の掃除、給油、検査、修理または調整の作業を行う場合に機械の運転を停止しなければならないと規定しています。平成25年の改正で「調整」が追加され、ワークの脱着はこの「調整」に該当する可能性が高いと考えられます。

しかし、致命的な曖昧性が存在します。労働安全衛生法令には「運転中」「停止中」の明確な定義が存在しません。この定義の欠如により、電源投入・主軸停止状態が「運転中」に該当するのか「停止中」に該当するのかが不明確です。

すべての主要メーカーの推奨手順

日本の主要旋盤メーカー（OKUMA、YAMAZAKI MAZAK、TAKISAWA、DMG MORI、ENSHU）のすべてが、以下の基本的な安全要件を共通に規定しています。

教育機関への適用基準

調査の結果、教育機関において「複数人での同時作業」を推奨する公式な安全基準やマニュアルは確認できませんでした。むしろ、一般的な安全原則では、1人1台の機械占有が基本とされています。

教育機関においても、一般労働現場と同様の労働安全衛生法が適用されます。受講生も労働者に準じた扱いを受け、以下が義務付けられます。

• 雇入れ時・作業変更時の安全衛生教育
• 機械による危険防止措置
• 運転停止義務
• 適切な監督体制（特に初心者に対して）

技能検定における安全評価基準

技能検定（機械加工・普通旋盤作業）における評価基準では、以下が必須事項または減点・失格基準とされています。

国家資格としての技能検定では、チャックレンチの取り外し確認が最重要評価項目の一つです。教育機関が「レンチを取り付けたまま電源投入」を教えることは、技能検定の評価基準と完全に矛盾しています。

第3章:実践的改善策と教育機関の責任

現状の指導方法の致命的な問題点

観察された指導方法には、以下の致命的な問題点があります。

代替的な安全対策：照明問題の解決

「作業灯のために電源を入れる」という事情は理解できますが、これは設備設計の問題であり、安全性を犠牲にする理由にはなりません。以下の代替手段で容易に解決可能です。

正しい作業手順の確立

以下が、JIS規格、労働安全衛生法、すべてのメーカー推奨手順に準拠した正しい作業手順です。

1人作業の重要性：複数人作業の危険性

指摘された通り、1人で作業すれば起動ボタンを誤って押すことはなくなります。これは極めて正しい認識です。

「共同で言われたことを実行する」という目的であれば、1人ずつ順番に作業させ、他の人は安全な距離から観察する方法が適切です。複数人が同時に機械周辺にいる必要性は全くありません。

正しい段階的指導の設計

教育機関特有の配慮（段階的指導、初心者への心理的障壁の軽減）は重要ですが、これらは教育手法であり、安全基準を逸脱する正当化理由にはなりません。以下のように、安全性を維持しながら段階的指導を実施できます。

教育機関としての社会的責任

教育機関は、失業者や求職者に実践的な技能を教え、就職につなげる重要な役割を担っています。しかし、教育機関として最も重要なのは、正しい安全習慣を身につけさせることです。

即座に実施すべき改善策

国際的なベストプラクティス

欧米の製造業現場では、以下が標準的な手順となっています。

最終結論：現在の指導方法は不適切であり即座の改善が必要

本調査の結果、一部の教育機関における「チャックレンチで締め付け作業中に電源を投入してライトをつける」「複数の初心者が同じ旋盤周辺で無監督状態で作業」という指導方法は、現代の安全基準および国際的ベストプラクティスに照らして極めて不適切であり、重大事故につながる危険性が高いと結論づけられます。

指摘された通り、「1人で作業すれば起動ボタンを誤って押すことはなくなる」「ライトは旋盤でものを削る作業の用途のみで使用するべき」という認識は完全に正しく、安全工学の原則に合致しています。

照明問題は独立電源の作業灯、ポータブル照明、ヘッドライトなどの代替手段によって容易に解決可能であり、根本的な安全原則を犠牲にする正当化理由にはなりません。

教育機関として最も重要なのは、学習者が正しい安全意識と作業習慣を身につけ、それを職業人生全体に持ち越すことです。「チャックレンチをつけたまま電源投入」「複数人で無監督作業」という誤った方法を教えることは、長期的には社会全体の労働災害リスクを増大させます。技能検定ではチャックレンチの取り外しが最重要評価項目であり、企業現場でも「機械停止してからワークセット」が基本原則です。教育機関がこれに反する方法を教えることは矛盾しています。

最新の安全基準に準拠した正しい指導方法への即座の転換が、教育機関としての社会的責任を果たすために強く推奨されます。