1-1 プロジェクトとは

What is a Project?

プロジェクトマネジメントを理解するためには、まず「プロジェクト」の 定義を正確に把握する必要がある。本節では、プロジェクトの定義、 定常業務との違い、プロジェクトを構成する要素について詳細に解説する。

1. プロジェクトの定義

プロジェクトとは、独自の製品、サービス、または成果を創造するために 実施される一時的な活動である。この定義には2つの重要な要素が含まれている。 「一時的」であること、そして「独自性」があることである。

1.1 一時的(Temporary)

プロジェクトには明確な開始点と終了点がある。終了は、目標の達成、 目標達成が不可能と判断された場合、またはプロジェクトの必要性が なくなった場合に発生する。「一時的」とは短期間を意味するわけではない。 数年にわたるプロジェクトも存在するが、それでも終わりがある点で 定常業務とは異なる。

一時的の意味
プロジェクトが一時的であることは、プロジェクトチームやプロジェクトで 生み出される成果物が一時的であることを意味しない。多くのプロジェクトは、 長期間使用される製品やサービスを生み出す。例えば、ビルの建設プロジェクトは 数年で終了するが、そのビルは数十年にわたって使用される。

1.2 独自性(Unique)

プロジェクトは、これまでに全く同じものが存在しない製品、サービス、 または成果を創造する。類似したプロジェクトが過去にあったとしても、 時期、場所、関係者、環境など何らかの点で異なる。この独自性により、 プロジェクトには不確実性が伴い、過去の経験を参考にしつつも 新たな判断や対応が求められる。

プロジェクトの例 独自性の要素
新しい業務システムの開発 要件、技術、ユーザー、組織文化
オフィス移転 場所、レイアウト、時期、関係者
新製品の市場投入 製品特性、市場環境、競合状況
業務プロセス改善 現状プロセス、目標、制約条件

2. プロジェクトと定常業務の違い

組織の活動は、大きく「プロジェクト」と「定常業務(オペレーション)」に 分類できる。両者の違いを明確に理解することは、適切な管理手法を 選択するために重要である。

観点 プロジェクト 定常業務(オペレーション)
期間 一時的(開始と終了がある) 継続的(終了時期が定まらない)
目的 独自の成果物を創造 反復的な成果を生産
作業内容 段階的に詳細化 標準化・定型化
チーム プロジェクト終了で解散 継続的に存続
成功基準 スコープ・期間・コストの達成 効率性・安定性の維持
不確実性 高い(独自性による) 低い(繰り返しによる)
管理手法 プロジェクトマネジメント 業務管理・プロセス管理

具体例:システム開発と運用保守

新しいECサイトを構築する活動は「プロジェクト」である。 要件定義、設計、開発、テストを経てリリースされると プロジェクトは終了する。一方、リリース後のECサイトの 監視、障害対応、定期メンテナンスは「定常業務」である。 ただし、ECサイトに大規模な機能追加を行う場合は、 再び「プロジェクト」として扱われる。

2.1 プロジェクトと定常業務の相互作用

プロジェクトと定常業務は完全に独立しているわけではなく、 相互に作用し合う。プロジェクトの成果物は定常業務に引き継がれ、 定常業務から新たなプロジェクトが生まれることもある。

プロジェクトから定常業務への移行
プロジェクト開始 → 開発・構築 → 成果物完成 → 引き継ぎ・移管 → 定常業務開始
相互作用のパターン
プロジェクト → 定常業務 新システム開発 → 運用保守への引き継ぎ
定常業務 → プロジェクト 業務上の課題発見 → 改善プロジェクトの立ち上げ
並行実施 現行システム運用を継続しながら次期システム開発

3. プロジェクトの構成要素

プロジェクトを理解し管理するためには、その構成要素を把握する必要がある。 プロジェクトは、目標、スコープ、成果物、制約条件、前提条件、 リスクなどの要素で構成される。

3.1 目標(Objectives)

プロジェクト目標は、プロジェクトが達成しようとする具体的な成果である。 効果的な目標は「SMART」の原則に従って設定される。

要素 意味
Specific 具体的 「売上向上」ではなく「EC売上を20%増加」
Measurable 測定可能 数値や状態で達成を確認できる
Achievable 達成可能 リソースと期間で実現できる
Relevant 関連性がある 組織の戦略・方針と整合
Time-bound 期限がある 「2025年3月末まで」

3.2 スコープ(Scope)

スコープは、プロジェクトで実施する作業の範囲と、 プロジェクトで作成する成果物の範囲を定義する。 スコープの明確化は、プロジェクト成功の必須条件である。

スコープクリープに注意
スコープクリープとは、正式な変更管理を経ずに プロジェクトのスコープが徐々に拡大していく現象である。 「ついでにこれも」「少しだけ追加」の積み重ねが、 スケジュール遅延やコスト超過の原因となる。

3.3 制約条件と前提条件

種類 定義
制約条件 プロジェクトの選択肢を制限する要因 予算上限、納期、使用技術の指定
前提条件 計画時に真であると仮定する事項 必要な人員が確保できる、法規制が変わらない
前提条件の管理
前提条件は計画の基礎となるが、必ずしも真であるとは限らない。 前提条件が崩れた場合のリスクを識別し、定期的に前提条件の 妥当性を検証することが重要である。

4. プログラムとポートフォリオ

プロジェクトを組織全体の視点で管理するために、 プログラムとポートフォリオという概念がある。

概念 定義
プロジェクト 独自の成果を創造する一時的活動 顧客管理システム開発
プログラム 関連するプロジェクト群を調整して管理 DX推進プログラム(複数システム刷新)
ポートフォリオ 戦略目標達成のためのプロジェクト・プログラム群 IT投資ポートフォリオ(全IT案件)

階層構造

ポートフォリオ > プログラム > プロジェクト の階層構造により、 組織は戦略的な優先順位付け、リソース配分、リスク分散を行う。 上位レベルでは「正しいプロジェクトを選ぶこと」、 プロジェクトレベルでは「プロジェクトを正しく実行すること」が重視される。

プロジェクト・プログラム・ポートフォリオの階層

図1: プロジェクト・プログラム・ポートフォリオの階層構造

参考文献
[1] PMI, PMBOK Guide 第7版, 2021
[2] PMI, PMBOK Guide 第6版, 2017