オルターマグネット研究の考察|AI時代を支える第三の磁性材料
オルターマグネット研究の考察|AI時代を支える第三の磁性材料
更新日:2025年12月29日
1. 研究の概要と参加機関
本研究は、物質・材料研究機構(NIMS)、東京大学、京都工芸繊維大学、東北大学の4機関による国際共同研究として実施された。研究成果は2025年9月24日にNature Communicationsにオンライン掲載され、12月26日に各メディアで広く報道された。
研究チームは、酸化ルテニウム(RuO₂)の超薄膜が「オルターマグネティズム」と呼ばれる新しい磁性を示すことを実験的に実証した。オルターマグネティズムは、強磁性・反強磁性に続く「第三の基本的な磁性の分類」として近年認識されるようになった現象であり、次世代メモリ技術の鍵を握る材料として世界的に注目を集めている。
| 研究機関 | 主要研究者 | 役割 |
|---|---|---|
| NIMS | 温 振超(Zhenchao Wen)、賀 聡(Cong He)、助川 弘明、三谷 誠司 | 薄膜作製、スピントロニクス解析 |
| 東京大学 | 岡林 潤(Jun Okabayashi) | X線磁気線二色性測定 |
| 京都工芸繊維大学 | 三浦 良雄(Yoshio Miura) | 第一原理計算 |
| 東北大学 | 関 剛斎(Takeshi Seki) | 材料解析 |
本研究は、JSPS科研費(22H04966、24H00408)、文部科学省X-NICS事業(JPJ011438)、東北大学金属材料研究所GIMRTプログラム、東北大学電気通信研究所共同研究プロジェクトの支援を受けて実施された。
2. オルターマグネティズムとは何か
磁性材料は現代の情報技術、特にメモリデバイスにおいて中核的な役割を果たしている。従来、磁性は大きく2つに分類されてきた。強磁性(ferromagnetism)と反強磁性(antiferromagnetism)である。しかし近年、これらとは異なる第三の分類として「オルターマグネティズム」(altermagnetism)が提唱され、理論的・実験的研究が急速に進展している。
強磁性:原子スピンが同じ方向に揃い、正味の磁化を持つ。外部磁場で書き込みが容易だが、漂遊磁場の干渉を受けやすい。
反強磁性:隣接する原子スピンが反対方向を向き、正味の磁化がゼロ。外部干渉に強いが、電気的な読み取りが困難。
オルターマグネット:正味の磁化はゼロだが、結晶対称性により大きなスピン分裂を示す。外部干渉に強く、かつ電気的読み取りが可能。
強磁性材料は現在のMRAM(磁気ランダムアクセスメモリ)に広く使用されているが、漂遊磁場による記録エラーが発生しやすく、データ密度の向上に限界がある。一方、反強磁性材料は外部磁場の干渉に強いものの、原子レベルのスピンが打ち消し合うため、蓄積された情報を電気的に読み取ることが困難であった。
オルターマグネットは、この両者の利点を兼ね備える可能性を持つ。正味の磁化がないため外部干渉に強く、同時に対称性に由来するスピン分裂により電気的な読み取りが可能である。この特性が、高速・高密度メモリ応用において大きな期待を集めている理由である。
しかし、RuO₂がオルターマグネティズムを示すかどうかについては、世界中で実験結果が一致せず、議論が続いていた。その主な原因は、結晶方位が均一な高品質薄膜試料の作製が困難であったことにある。
本研究チームは、サファイア基板上に結晶軸が揃った単一配向(single-variant)のRuO₂(101)薄膜を作製することに成功した。基板の選択と成長条件の精密な調整により、結晶方位を制御する手法を確立したのである。研究チームはこの制御を、床にタイルを敷く作業に例えている。タイルをランダムな角度で置くとパターンの認識が困難だが、一方向に揃えると全体構造が明確になる。同様に、RuO₂の結晶軸を揃えることで、その本質的な磁気特性が観測可能になったのである。
X線磁気線二色性(XMLD)測定により、薄膜内のスピン配列を直接同定し、磁極が相殺し合うこと(正味の磁化がゼロ)を確認した。さらに、スピン分裂磁気抵抗(電気抵抗がスピンの向きに依存する現象)を観測し、スピン分裂電子構造を電気的に検証した。これらの実験結果は、磁気結晶異方性に関する第一原理計算と一致しており、RuO₂薄膜がオルターマグネティズムを示すことを決定的に裏付けている。
3. AI・データセンターへの応用可能性
本研究の成果は、AI時代のインフラストラクチャに直接的な影響を与える可能性を秘めている。大規模言語モデル(LLM)の訓練や推論には膨大な計算リソースが必要であり、メモリの帯域幅、レイテンシ、消費電力が重要なボトルネックとなっている。オルターマグネット材料を用いた次世代メモリは、これらの課題を解決する有力な候補である。
高速性:スピン分裂による高速スイッチング
高密度:漂遊磁場干渉の低減による高集積化
省電力:電気的読み取りによる低消費電力動作
安定性:正味磁化ゼロによる外部ノイズ耐性
研究チームは今後、RuO₂薄膜を用いた次世代高速・高密度磁気メモリデバイスの開発を目指す方針を明らかにしている。オルターマグネティズム固有の高速・高密度特性を活かすことで、より省エネルギーな情報処理への貢献が期待される。
また、本研究で確立されたシンクロトロン放射光を用いた磁気解析手法は、他のオルターマグネット候補材料の探索やスピントロニクスデバイスの開発にも応用可能である。RuO₂以外にも、MnTe、CrSb、Mn₅Si₃などがオルターマグネット候補として研究されており、材料探索の加速が見込まれる。
ただし、実用化に向けてはまだ多くの課題が残されている。メモリセルのプロトタイプ作製、書き込み方式の検証、耐久性・スイッチング速度の評価など、従来の強磁性MRAMとの比較ベンチマークが必要である。また、結晶方位の制御が性能と信頼性の鍵を握るため、大規模製造における再現性の確保も重要な課題となる。
研究者・技術者への示唆
- 材料科学:結晶方位制御がオルターマグネット特性発現の鍵であり、薄膜成長技術の重要性が増す
- スピントロニクス:XMLD測定とスピン分裂磁気抵抗の組み合わせがオルターマグネット同定の標準手法となりうる
- AIハードウェア:メモリボトルネック解消の新たなアプローチとして、オルターマグネット材料の動向を注視する価値がある
[1] Cong He, Zhenchao Wen, Jun Okabayashi, Yoshio Miura, Tianyi Ma, Tadakatsu Ohkubo, Takeshi Seki, Hiroaki Sukegawa, Seiji Mitani, "Evidence for single variant in altermagnetic RuO2(101) thin films," Nature Communications, 2025; 16: 8235. DOI: 10.1038/s41467-025-63344-y
[2] NIMS(物質・材料研究機構)プレスリリース, "RuO₂薄膜におけるオルターマグネティズムの実証 ―AI時代の新しい磁性材料―," 2025年9月24日. https://www.nims.go.jp/eng/press/2025/09/202509240.html
[3] ScienceDaily, "This strange magnetism could power tomorrow's AI," 2025年12月26日. https://www.sciencedaily.com/releases/2025/12/251226045326.htm
[4] 東北大学プレスリリース, "A New Magnetic Material for the AI Era," 2025年12月. https://www.tohoku.ac.jp/en/press/a_new_magnetic_material_for_the_ai_era.html
免責事項
本記事は2025年12月29日時点の情報に基づいています。学術研究の詳細は原著論文をご参照ください。
他の記事を見る(13件)
- 主要デザイン分野別CAD活用ガイド|ソフトウェア・用途・必須スキルを徹底解説
- 遺伝子組み換え植物は温暖化を救えるか?最新技術と他の対策を徹底比較
- 緊急度MAX:Windows10サポート終了対策完全ガイド2025|10月14日まで30日で安全移行
- 太陽光発電グリッドパリティ考察2025|補助金なしで化石燃料より41%安い現実
- 旋盤チャックレンチ飛翔死亡事故2025|厚労省統計と予防原則のギャップ
- ポリカーボネート分析2025|二酸化炭素から作る次世代プラスチックの実力
- 金属切粉(キリコ)の危険性考察|軽視されがちな健康リスクと現場で見た実態
- 顕微鏡観察の世界考察|見えるサイズと見えないサイズの境界線
- イーロン・マスク「従業員ゼロ会社」考察|AI完全自動化の可能性と現実
- 人力発電の可能性を徹底調査|自転車からジム、そして全人類発電まで
- オルターマグネット研究の考察|AI時代を支える第三の磁性材料
- NTTデータ「AIネイティブ開発」考察|2026年度導入で変わるシステム開発の未来
- Google Cloud「2026年AIエージェントトレンドレポート」徹底分析|チャットボットからエージェントAIへの転換点
PR:関連サービス
PR:関連サービス
PR:関連サービス



コメント (0)
まだコメントはありません。