RLVRは本当に推論能力を拡張するのか?研究考察|NeurIPS 2025準最優秀論文の重要な発見
RLVRは本当に推論能力を拡張するのか?研究考察|NeurIPS 2025準最優秀論文の重要な発見
更新日:2025年11月30日
RLVRとは何か:背景と従来の理解
Reinforcement Learning with Verifiable Rewards(RLVR:検証可能な報酬を用いた強化学習)は、近年のLLM推論能力向上において中心的な役割を果たしてきた技術です。
RLVRの仕組み
RLVRは、人間によるアノテーションを自動的な報酬に置き換えることで、大規模な自己改善を可能にする手法です。
図1:RLVRの基本的な仕組み
RLVRの主要な特徴
- 自動的な報酬計算:数学問題では正解との一致、コードでは単体テストの通過で報酬を決定
- スケーラビリティ:人間のアノテーションなしで大規模データセットでの訓練が可能
- 適用分野:数学的推論、プログラミング、視覚的推論タスクなど
従来の期待と仮定
RLVRに対しては、以下のような期待が寄せられていました。
Atari、囲碁などのゲームプレイにおいて、RLはエージェントが自律的に新しい戦略を発見し、人間を超える性能を達成することを可能にしました(AlphaGoなど)。RLVRも同様に、LLMが自律的に新しい推論能力を獲得できると期待されていました。
RLVRがLLMの継続的な自己改善を可能にし、ベースモデルの能力を超える新しい推論パターンを獲得できるという仮定が広く共有されていました。
| RLVRを採用した主要モデル | 特徴 |
|---|---|
| OpenAI o1 | 推論に特化したチェーン・オブ・ソート |
| DeepSeek-R1 | 自己反省と反復的改善 |
| Kimi-1.5 | マルチステップ推論の強化 |
「RLVRは本当にLLMに新しい推論能力を獲得させているのか、それとも既存の能力を最適化しているだけなのか?」—この根本的な問いに答えるため、著者らは体系的な実験を行いました。
実験設計とpass@k評価指標
研究チームは、従来の評価手法の限界を指摘し、新しい評価指標を用いてRLVRの効果を検証しました。
従来の評価手法の問題
従来の評価では、モデルの単一の最良出力(pass@1)を見ることが一般的でした。しかし、これではモデルが「本当に知っていること」を過小評価してしまいます。
図2:pass@1 vs pass@k の概念比較
pass@k評価指標
研究チームは、モデルの「推論能力の境界」を測定するために、pass@k指標を採用しました。
pass@kの定義
- pass@k:k回のサンプリングのうち、少なくとも1回正解が得られれば成功とする指標
- 意味:モデルが「解ける問題の全範囲」を測定できる
- 例:pass@100は、100回の試行で1回でも正解すればその問題は「解ける」と判定
驚くべき実験結果
様々なモデルファミリー、RLアルゴリズム、ベンチマーク(数学、コーディング、視覚的推論)で体系的な実験を行った結果、驚くべき発見がありました。
図3:pass@kにおけるベースモデルとRLVRモデルの比較(概念図)
pass@1やpass@5など、小さいk値では、RLVR訓練モデルがベースモデルを上回ります。これは「サンプリング効率の向上」を示しています。
驚くべきことに、pass@256など大きいk値では、ベースモデルがRLVRモデルを一貫して上回りました。すべてのベンチマークとモデルファミリーで同様の傾向が確認されました。
RLVR訓練が進むにつれて、pass@1(平均性能)は向上しますが、pass@256(解ける問題の範囲)は減少していきます。
RLVRモデルが生成する推論パスは、すでにベースモデルの出力分布に含まれています。RLVRは「新しい推論戦略を発見」しているのではなく、「高報酬のパスにバイアスをかけている」だけであることが示唆されます。
発見の意義と今後のRL研究への示唆
この研究は、LLM研究における広く受け入れられた仮定に対する「重要な否定的発見」として高く評価されています。
選考委員会のコメント
NeurIPS 2025の選考委員会は、この論文について以下のようにコメントしています。
「この論文は、LLM研究において広く受け入れられてきた基礎的な仮定—RLVRが真に新しい推論能力を引き出すという仮定—に対して、見事に実行された重要な否定的発見を提示しています。RLは探索を狭め、報酬された軌跡は増幅されますが、より広い解空間は縮小し、RLVRが基本分布を超えるのではなく、その範囲内で最適化していることが明らかになりました。」
RLVRが実際に行っていること
図4:RLVRの実際の効果
| 期待されていた効果 | 実際の効果 |
|---|---|
| 新しい推論戦略の発見 | 既存の高報酬パスへのバイアス |
| 推論能力の拡張 | サンプリング効率の向上 |
| 解ける問題範囲の拡大 | 解ける問題範囲の縮小 |
| 自律的な自己改善 | ベースモデル分布内での最適化 |
RLアルゴリズム間の比較
研究では、6つの主要なRLVRアルゴリズム(PPO、GRPO、Reinforce++など)を比較しましたが、それらの間に大きな差は見られませんでした。
サンプリング効率ギャップ(ΔSE)という指標で測定したところ、すべてのRLアルゴリズムが類似した性能を示し、最適なサンプリング効率からは遠い状態にあることが判明しました。
蒸留との対比
興味深いことに、教師モデルからの蒸留(distillation)は、RLVRとは異なる効果を示しました。
蒸留がもたらす効果
- 新しい推論パターンの導入:教師モデルから新しい推論戦略を学習できる
- 推論能力の真の拡張:ベースモデルの分布を超える能力獲得が可能
- RLVRとの対照:RLVRは既存能力の最適化、蒸留は能力の拡張
今後の研究方向
この研究は、現在のRLVR手法の限界を明らかにすると同時に、今後の研究方向を示唆しています。
図5:今後のRL研究の方向性
| 研究方向 | 期待される成果 |
|---|---|
| 継続的スケーリング | より長期的な訓練による能力拡張の可能性 |
| マルチターンのエージェント・環境相互作用 | 真に新しい戦略発見を可能にするRL設計 |
| 探索と活用のバランス改善 | 解空間の縮小を防ぐ手法の開発 |
| 蒸留とRLの組み合わせ | 効率と能力拡張の両立 |
考察:この発見が意味すること
この研究は、AIの能力向上に関する私たちの理解を深める重要な貢献です。
第一に、「見かけの性能向上」と「真の能力拡張」を区別することの重要性を示しています。pass@1の改善は、必ずしもモデルの推論能力が向上したことを意味しません。第二に、ゲームプレイにおけるRLの成功が、そのままLLMに適用できるわけではないことを示唆しています。LLMの推論タスクには、異なるアプローチが必要かもしれません。第三に、現在のRLVR手法は「既存能力の効率的な活用」には有効ですが、「新しい能力の獲得」には新しいパラダイムが必要であることを示しています。
この「重要な否定的発見」は、LLM研究において、真に新しい推論能力を引き出すための根本的に新しいRLパラダイムの開発を促すものとなることが期待されています。
本記事は2025年11月30日時点の情報に基づいて作成されています。論文の詳細については原著論文「Does Reinforcement Learning Really Incentivize Reasoning Capacity in LLMs Beyond the Base Model?」(Yang Yue et al., NeurIPS 2025)をご参照ください。記事内容は個人的な考察に基づくものであり、専門的な判断については関連分野の専門家にご相談ください。
コメント (0)
まだコメントはありません。