第2章:繁殖と子育て

更新日:2025年12月7日

本章では、鳩の繁殖行動と子育ての仕組みを解説する。鳩は年間を通じて繁殖可能な数少ない鳥類であり、都市環境では年に5-6回の繁殖が可能である。両親が協力して子育てを行い、「ピジョンミルク」と呼ばれる特殊な分泌物で雛を育てるという、鳥類の中でも独特な繁殖生態を持つ。この効率的な繁殖システムが、鳩の都市環境での繁栄を支えている。
鳩の繁殖と子育て

1. 繁殖サイクル

1.1 年間の繁殖パターン

鳩の繁殖は環境条件が良好であれば年中可能であるが、特に春から秋にかけて活発になる。都市環境では食物と営巣場所が安定して供給されるため、繁殖頻度は野生環境より高くなる傾向がある[1]。

Fig. 1に典型的な繁殖サイクルを示す。

Table 1に繁殖サイクルの各段階を示す。

Table 1. 繁殖サイクルの段階

段階 期間 内容
求愛・つがい形成 Day 0-7 オスの求愛ディスプレイ、つがいの絆形成
巣作り Day 8-14 両親が協力して巣材を集め、巣を構築
産卵 Day 15-17 通常2個の卵を1-2日間隔で産卵
抱卵 Day 18-35 約17-19日間、雌雄交代で抱卵
育雛 Day 36-65 孵化後約30日間、親鳥が雛に給餌

1.2 求愛行動

オスの求愛行動は複数の要素から構成される。まず、胸を膨らませて体を大きく見せながら、低い「クー」という鳴き声を発する。次に、メスの周囲を旋回しながら、尾羽を扇状に広げてディスプレイを行う。

1.2.1 求愛ダンスでは、オスは首を上下に振りながらメスに接近し、頭を下げてお辞儀をする動作を繰り返す。

1.2.2 給餌求愛として、オスはメスに口移しで食物を与える。これは将来の育雛行動の予行演習とも考えられている。

1.2.3 メスが求愛を受け入れると、つがいは相互に羽繕いを行い、絆を強化する。

2. 巣作りと産卵

2.1 巣の構造

鳩の巣は他の鳥類と比較して簡素な構造である。材料は主に小枝、草、ワラであり、時には針金やひもなど人工物も使用される。巣の直径は約20-30cm、浅い皿状で卵が転がらない程度の深さを持つ。

Table 2に巣作りにおける役割分担を示す。

Table 2. 巣作りの役割分担

担当 主な役割
オス 巣材の収集と運搬、メスへの材料の受け渡し
メス 巣の構築と形成、材料の配置と調整
共同 営巣場所の選定、外敵からの防衛

営巣場所の選択基準として、雨風を避けられること、捕食者から身を隠せること、十分な空間があることが重要である。都市環境では建物の隙間、橋の下、換気口、ビルの屋上などが好まれる。

2.2 産卵と卵の特徴

鳩は通常1回の繁殖で2個の卵を産む。これは鳥類の中では少ない部類であり、ピジョンミルクによる集中的な育雛と関連していると考えられる[2]。Table 3に卵の特徴を示す。

Table 3. 鳩の卵の特徴

項目 詳細
卵の数 通常2個(まれに1個または3個)
卵の色 白色、光沢がある
長径 約38-40mm
短径 約28-30mm
産卵間隔 1個目と2個目の間は約44時間

3. 抱卵と孵化

3.1 抱卵の交代制

鳩の抱卵は雌雄が規則的に交代して行うという特徴がある。抱卵期間は約17-19日(平均18日)である。

3.1.1 日中(概ね午前10時から午後4時)は主にオスが抱卵を担当する。

3.1.2 夜間(概ね午後4時から翌午前10時)は主にメスが抱卵を担当する。

この交代制により、非抱卵中の親鳥は採餌や休息を取ることができる。交代の際には、クーと呼ばれる特徴的な鳴き声でコミュニケーションを取る。

3.2 孵化のプロセス

孵化の約24-48時間前から、雛は卵殻の内側から嘴の先端にある卵歯(らんし)を使って殻を割り始める。これをpipping(ピッピング)と呼ぶ。

Table 4に雛の発達段階を示す。

Table 4. 雛の発達段階

日齢 発達状態
孵化時 目は閉じており、わずかな黄色い産毛のみ
7日目 目が開き始める
14日目 羽管が発達し、羽毛が生え始める
21日目 ほぼ全身が羽毛で覆われる
30-35日目 巣立ち、短距離の飛行が可能

4. ピジョンミルクと育雛

鳩の最も特徴的な子育て行動がピジョンミルク(Crop milk)の分泌である。これは鳩の素嚢(そのう、Crop)から分泌される栄養豊富な物質で、哺乳類の乳に似た機能を持つ[3]。Fig. 2にピジョンミルクの分泌と給餌の仕組みを示す。

4.1 成分について、ピジョンミルクはタンパク質約60%、脂肪約30%、炭水化物・ミネラル約10%という高栄養価の組成を持つ。免疫グロブリンや成長因子も含まれ、雛の成長と免疫システムの発達を支援する。

4.2 分泌について、ピジョンミルクは孵化の2-3日前から分泌が開始され、約2週間継続する。この分泌はプロラクチンというホルモンによって制御されており、雌雄ともに分泌能力を持つ。

4.3 給餌方法として、雛は親鳥の口の中に頭を入れて直接ピジョンミルクを摂取する。成長に伴い、給餌内容は徐々に変化する。0-7日齢ではピジョンミルクのみ、8-14日齢ではピジョンミルクと半消化された種子の混合、15-25日齢では徐々に固形の種子の割合が増加し、26-35日齢ではほぼ成鳥と同じ餌となり自立の準備が進む。

4.4 巣立ち後も1-2週間は親鳥が給餌を続け、徐々に独立させていく。この期間に雛は採餌方法や危険回避を学習する。親鳥は次の繁殖に備えて、雛が自立する前から新たな産卵準備を始めることもある。

次章では、鳩のコミュニケーション方法について詳しく解説する。

References

[1] R.F. Johnston and M. Janiga, "Feral Pigeons," Oxford University Press, 1995.

[2] D. Goodwin, "Pigeons and Doves of the World," 3rd ed., Cornell University Press, 1983.

[3] C.R. Gillespie et al., "Crop milk: a review," Journal of Animal Physiology and Animal Nutrition, vol. 98, pp. 193-205, 2014.

免責事項
本コンテンツは2025年12月時点の科学的知見に基づいて作成されている。繁殖行動は個体や環境により変動がある。傷ついた雛を保護する際は、専門家に相談されたい。

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