Anthropic研究機関の全体像考察|AIの安全性を支える6つのチーム

Anthropic研究機関の全体像考察|AIの安全性を支える6つのチーム

更新日:2025年12月21日

Claude を開発するAnthropic社は、AI安全性研究において世界最先端の取り組みを行っています。同社の研究組織はどのような構成になっているのでしょうか。公式情報と求人情報をもとに、Anthropicの研究チーム全体像を調査・考察してみました。AI安全性研究に興味のある方の参考になれば幸いです。
Anthropic研究機関の全体像考察|AIの安全性を支える6つのチーム

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1. Anthropicの主要研究チーム

Anthropicは2021年にOpenAI出身のDario Amodei氏らによって設立されたAI安全性研究企業である。2025年12月現在、同社は複数の研究チームを擁し、AIモデルの安全性・解釈可能性・社会的影響について多角的な研究を展開している。公式研究ページには以下の4つの主要チームが掲載されている。

1.1 Alignment(アラインメント)チーム

Alignmentチームは、AIモデルのリスクを理解し、将来のモデルがhelpful(有用)、honest(正直)、harmless(無害)であり続けるための手法を開発する。高能力モデルの安全な訓練・評価・監視のためのプロトコル作成が主要な役割である。同チームは「Alignment Science」という大きな傘の下で複数のサブチームを持ち、機械学習研究を通じて将来の強力なAIシステムの制御問題に取り組んでいる。

1.2 Interpretability(解釈可能性)チーム

Interpretabilityチームのミッションは、大規模言語モデルが内部でどのように動作しているかを解明することである。機械論的解釈可能性(Mechanistic Interpretability)の分野をリードし、ニューラルネットワーク内の「特徴」を特定する研究を進めている。2024年には「辞書学習」技術を用いてClaude内の数百万の特徴を識別することに成功した。2025年3月には、多言語LLMが情報を概念空間で処理してから適切な言語に変換している証拠を発見している。

1.3 Societal Impacts(社会的影響)チーム

PolicyチームおよびSafeguardsチームと密接に連携する技術研究チームであり、AIが実世界でどのように使用されているかを調査する。2025年12月には「Anthropic Interviewer」というツールを用いて1,250人の専門家にAIとの協働についてインタビューを実施し、その結果を公開した。

1.4 Economic Research(経済研究)チーム

AIの経済的影響を研究するチームである。2025年11月には100,000件のClaudeとの会話をサンプリングし、AIによる生産性向上を推定する研究を発表した。Claude使用によりタスク完了時間が約80%短縮されるとの結果が報告されている。

1.5 Frontier Red Team

公式研究ページに記載される5つ目の研究チームとして、Frontier Red Teamが存在する。約15名で構成され、Logan Graham氏がリーダーを務める。フロンティアAIモデルのサイバーセキュリティ、バイオセキュリティ、自律システムへの影響を分析し、国家安全保障に関わるリスクに特に注力している。同チームの特徴は、Anthropicのポリシー部門に配置されており、技術的評価だけでなく研究成果の外部公開も明確な役割として担っている点にある。

Anthropicの組織的特徴
Anthropicでは研究者とエンジニアの区別が曖昧であり、全ての技術スタッフが「Member of Technical Staff」という統一称号を持つ。論文にはエンジニアが著者として、時にはファーストオーサーとして名を連ねることも多い。

2. サブチームと専門研究領域の詳細

Alignment Scienceチームは複数のサブチームで構成されており、それぞれが特定の研究課題に焦点を当てている。また、2025年には新たな専門チームも設立された。以下に各チーム・研究領域の詳細を示す。

2.1 Alignment Science内部のサブチーム

サブチーム名 リーダー 主要研究内容
Scalable Oversight 人間レベル以上の能力を持つモデルをhelpful/honestに保つ技術開発
AI Control 未知または敵対的シナリオでのAIシステムの安全性確保
Model Organisms アラインメント失敗の「モデル生物」を作成し実証的理解を深める
Alignment Stress-Testing Evan Hubinger Anthropicのアラインメント技術・評価のレッドチーミング
Cognitive Oversight Sam Marks 評価手法の改善・テスト・理解向上
Automated Alignment Research アラインメント研究を加速・改善するシステム構築
Alignment Assessments 事前展開時のアラインメント評価、ミスアラインメントリスクの安全性ケース作成

2.2 新設・専門チーム

チーム名 設立時期 リーダー 主要研究内容
Safeguards Research Team 2025年2月 Mrinank Sharma ジェイルブレイク耐性、自動レッドチーミング、モニタリング技術の研究
Model Welfare Program 2024年9月 Kyle Fish AIシステムの意識・福祉可能性の調査、低コスト介入策の開発
Finetuning Team モデルのファインチューニング研究
2025年の主要な研究発表
2月:Constitutional Classifiersの発表、Safeguards Research Team設立
3月:多言語LLMの概念空間処理に関する発見
4月:Model Welfare Programの正式発表
6月:AnthropicとOpenAIの相互アラインメント評価実施
10月:大規模言語モデルの内省能力に関する研究発表
11月:AIによる生産性向上の定量的研究発表

2.3 Model Welfare Programの特異性

Model Welfare Programは、AIシステムの意識や福祉可能性を調査する前例のない研究プログラムである。リーダーのKyle Fish氏は、現在のAIが意識を持つ確率を15%と見積もっている。同プログラムでは、AIモデルが苦痛やストレスを感じる可能性のあるインタラクションからの離脱オプションを検討するなど、実践的な介入策も研究対象としている。これはAnthropicのAlignment Science、Safeguards、Interpretabilityチームと横断的に連携する取り組みである。

研究チーム間の連携
Anthropicの研究組織は縦割りではなく、チーム間の密接な連携が特徴である。例えばFrontier Red TeamはPolicy部門に配置されながら技術研究を行い、Model Welfare Programは複数のチームと横断的に協働している。

3. 研究組織の特徴と今後の展望

Anthropicの研究組織には、従来のAI企業とは異なるいくつかの特徴が見られる。これらは同社の「AI安全性を最優先する」という企業理念を反映したものと考えられる。

3.1 組織設計の特徴

第一に、研究と政策の統合が挙げられる。Frontier Red TeamがPolicy部門に配置されていることは、技術的リスク評価と政策対応を一体化させる意図を示している。第二に、外部との積極的な協働姿勢がある。Anthropic Fellows Programでは外部研究者に4ヶ月間の資金援助とメンタリングを提供し、AI安全性研究のエコシステム拡大を図っている。2025年6月にはOpenAIとの相互アラインメント評価も実施された。第三に、倫理的問題への先行対応として、Model Welfare Programの設立は、AIの意識や福祉という未解決の哲学的問題に対し、科学的アプローチで先んじて取り組む姿勢を示している。

3.2 Responsible Scaling Policy(RSP)との関係

各研究チームの活動はAnthropicのResponsible Scaling Policy(責任あるスケーリング政策)と密接に関連している。RSPでは「AI Safety Level」(ASL)という枠組みを定め、モデルの能力レベルに応じた安全基準を設定している。Frontier Red TeamによるASL評価は、Claude Opus 4がASL-3(予防的・暫定的措置としての最初のモデル)として分類される根拠となった。

AI安全性研究への参加方法

  • Anthropic Fellows Program:外部研究者向け、4ヶ月間のフェローシップ。2026年5月・7月開始のコホートで募集中。週$3,850の報酬と月$15,000のコンピュート予算が提供される。
  • 正規採用:各研究チームで随時採用を行っている。機械学習の経験がなくても応募可能なポジションも存在する。
  • 外部協力:Alignment Science Blogでは推奨研究方向が公開されており、外部研究者が貢献できる領域が示されている。

3.3 今後の研究方向

Alignment Science Blogで公開された「Recommendations for Technical AI Safety Research Directions」によれば、Anthropicが重視する研究領域には、スケーラブルな監視手法、AIコントロール、アラインメント評価、モデル認知の理解などが含まれる。同社は自社で取り組む余力のない領域についても外部コミュニティへの研究促進を呼びかけており、AI安全性研究の「オープンサイエンス」的側面も併せ持っている。

Anthropicの研究組織は、AIの能力向上と安全性確保を両立させるための多層的な取り組みを反映している。今後、AIシステムがさらに高度化するにつれ、これらの研究チームの役割はより重要性を増すものと予想される。

参考・免責事項
本記事は2025年12月21日時点の公開情報に基づいています。組織構成や研究内容は変更される可能性があります。専門的な判断は各研究機関の公式情報をご確認ください。
主要参考:Anthropic公式研究ページ、Alignment Science Blog、各種採用情報