Transformer以後のアーキテクチャ動向検討|State Spaceモデルの可能性評価

Transformer以後のアーキテクチャ動向検討|State Spaceモデルの可能性評価

更新日:2025年12月17日

2017年に登場したTransformerは深層学習に革命をもたらしましたが、その二次的な計算量が長いシーケンス処理のボトルネックとなっています。こうした課題を解決する次世代アーキテクチャとして、State Space Model(SSM)、特にMambaが注目を集めています。Transformerを完全に置き換えるのか、それとも共存するのか。個人的な関心から最新の研究動向を調査・考察してみました。同じように次世代アーキテクチャに関心をお持ちの方の参考になれば幸いです。
Transformer以後のアーキテクチャ動向検討|State Spaceモデルの可能性評価

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第1章:Transformerの限界とSSMの登場

Attention機構の計算量問題

2017年に発表された論文「Attention Is All You Need」で提案されたTransformerは、自然言語処理の分野に革命をもたらしました。BERT、GPT、T5といった基盤モデルはすべてTransformerアーキテクチャを採用しており、現在のAI技術の中核を担っています。

しかしTransformerには本質的な課題があります。Self-Attention機構の計算量がシーケンス長Nに対してO(N²)で増加するという点です。これは、入力シーケンスが2倍になると計算量が4倍になることを意味します。数千トークンの文書を処理する際にはこの問題は顕在化しませんが、長大なコード、書籍全体、あるいはゲノム配列のような百万トークン規模のシーケンスを扱う場合、計算コストとメモリ消費が爆発的に増大します。

State Space Modelの理論的背景

State Space Model(状態空間モデル、SSM)は、制御理論に起源を持つ数学的フレームワークです。連続的な信号の時間発展を記述するために開発され、電気信号、気象パターン、運動軌跡などの予測に使用されてきました。概念的には、Transformer登場以前にNLPを支配していたRNN(Recurrent Neural Network)やLSTMと関連があります。

SSMの深層学習への応用は、2020年以降に加速しました。特に重要なのは、HiPPO(High-order Polynomial Projection Operator)フレームワークの導入と、それを基盤としたS4(Structured State Space)モデルの登場です。S4は長距離依存性のベンチマークであるLong Range Arena(LRA)タスクで、Transformerを上回る性能を示しました。

SSMの数学的定義
SSMは連続時間の微分方程式として定義されます。入力信号x(t)から出力y(t)への変換を、隠れ状態h(t)を介して記述します。離散化によって効率的な計算が可能になり、畳み込みとしても再帰としても実装できる柔軟性を持ちます。

第2章:Mambaアーキテクチャの技術的特徴

Mambaの革新:選択的状態空間

2023年12月、Albert GuとTri Daoによって発表されたMambaは、SSMベースのアーキテクチャとして初めて言語モデリングタスクでTransformerに匹敵する性能を達成しました。論文タイトル「Mamba: Linear-Time Sequence Modeling with Selective State Spaces」が示す通り、線形時間複雑度O(N)での処理を実現しています。

Mambaの核心的イノベーションは「選択的」メカニズムにあります。従来のSSMは入力に依存しない固定パラメータを使用していましたが、Mambaではパラメータを入力の関数として動的に変化させます。これにより、モデルは文脈に応じて情報を選択的に伝播または忘却できるようになり、離散的なモダリティ(言語など)での弱点を克服しました。

特性 Transformer Mamba
計算量(シーケンス長N) O(N²) O(N)
推論スループット 基準 5倍高速
メモリ使用量 シーケンス長に比例して増大 一定(状態サイズ依存)
長距離依存性 Attentionで直接参照 状態を通じて圧縮・伝播
並列化 容易 並列スキャンで対応

Mamba-2とTransformerとの関係性

2024年5月に発表されたMamba-2では、SSMとTransformerの理論的関係が明らかにされました。論文「Transformers are SSMs」は、適切な構造化を施せばTransformerのAttention機構をSSMとして解釈できることを示しました。この発見は、両アーキテクチャが相互排他的ではなく、統一的な理論の下で理解できることを意味します。

Mamba-2では、状態空間双対性(State Space Duality)という新しい理論的枠組みが導入され、さらなる性能向上と計算効率の改善が達成されました。この進展により、SSMとTransformerのハイブリッドモデルという新しい研究方向が確立されました。

SSMアーキテクチャの進化
2020年:HiPPOフレームワーク提案
2021年:S4モデル発表(Long Range Arena で優位性実証)
2023年12月:Mamba発表(言語モデリングでTransformer匹敵)
2024年5月:Mamba-2発表(SSMとAttentionの双対性発見)
2024年後半:ハイブリッドモデルの台頭(Jamba、Granite 4.0)

第3章:実用化の現状と今後の展望

商用モデルへの採用

Mambaは研究段階を超え、実用的なモデルへの採用が進んでいます。Mistral AIのCodestral Mambaは純粋なMambaアーキテクチャを採用したコード生成モデルです。一方、より多くのモデルはAttention層とMamba層を組み合わせたハイブリッドアプローチを採用しています。

AI2のJambaシリーズやIBMのGranite 4.0は、Transformerの高度な文脈理解能力とMambaの計算効率を組み合わせています。IBMはMambaの開発者であるGuとDaoと共同でBamba/Bamba V2を開発し、これがGranite 4.0の基盤アーキテクチャとなりました。NVIDIAの2024年の研究でも、ハイブリッドモデルが純粋なTransformerまたはSSMアーキテクチャを上回る可能性が検証されています。

SSMの強みと課題

SSMが特に優れている領域は明確です。長いシーケンスの処理、特にバイトレベルの言語モデリングでは、同等のFLOPsでTransformerを大幅に上回ります。音声認識、ゲノム解析、時系列予測などの領域でも有望な結果が報告されています。推論コストの削減により、低コストハードウェアでの実行が可能になり、AIの利用障壁を下げる可能性があります。

一方で、SSMには課題も残されています。長い入力シーケンスのコピー、文脈内学習(in-context learning)、誘導ヘッド(induction heads)のような能力では、Transformerに劣る場合があります。また、画像認識やインスタンスセグメンテーションのような視覚タスクでは、Transformerの優位性が維持されています。

今後の研究動向

  • ハイブリッドアーキテクチャ:Attention層とSSM層の最適な組み合わせの探索
  • マルチモーダル応用:Vision Mamba、Audio Mamba等の領域特化型モデル
  • 効率的な学習手法:蒸留、量子化、枝刈りとの組み合わせ
  • 理論的理解:SSMとAttentionの統一理論の深化

Transformerを置き換えるのか

現時点での結論として、MambaがTransformerを完全に置き換えるシナリオは短期的には考えにくいと言えます。むしろ、タスクや要件に応じた使い分け、あるいはハイブリッドアプローチが主流になると予想されます。

長いシーケンス処理が必要で計算資源に制約がある場合はSSMベースのモデルが有利であり、高度な文脈理解や視覚タスクが求められる場合はTransformerまたはハイブリッドモデルが適しています。2024年以降のトレンドは、両者の強みを組み合わせた次世代アーキテクチャの開発であり、この分野の発展は今後も注目に値します。

参考・免責事項
本記事は2025年12月17日時点の情報に基づいて作成されています。記事内容は個人的な考察に基づくものであり、技術の進展は予測困難であるため、本記事の予測が外れる可能性も十分にあります。重要な技術選定については、最新の論文やベンチマーク結果を参照し、専門家の意見を求めることを推奨します。