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フェルミ推定の方法論|概算による問題解決技法

フェルミ推定の方法論|概算による問題解決技法

フェルミ推定の方法論|概算による問題解決技法

更新日:

フェルミ推定は、限られた情報から合理的な概算を導出する思考技法です。物理学者エンリコ・フェルミにちなんで名付けられたこの手法は、「シカゴにピアノ調律師は何人いるか」といった一見回答不可能な問題に対し、論理的な分解と妥当な仮定により、実用的な精度の解答を得ることを可能にします。本稿では、フェルミ推定の基本原理、具体的な手順、および実務での応用可能性について考察します。

フェルミ推定の基本原理と歴史

フェルミ推定とは何か

フェルミ推定(Fermi Estimation)は、正確なデータが入手困難な問題に対し、既知の情報と論理的推論により、桁数レベルで正しい概算を導出する手法です。

フェルミ推定の特徴
  • 完全な情報がなくても推定可能
  • 桁数レベル(10倍、100倍)の精度を目標とする
  • 問題を小さな要素に分解する
  • 各要素に妥当な仮定を適用する
  • 誤差の相殺効果により、最終結果は比較的正確になる

エンリコ・フェルミと原子爆弾実験

この手法の名前は、イタリア出身の物理学者エンリコ・フェルミ(1901-1954)に由来します。フェルミは1945年の原子爆弾実験時に、紙片を落下させることで爆発のエネルギーを概算したことで知られています。

爆風が到達した瞬間、フェルミは紙片を手から放しました。紙片が約2.5メートル飛んだことから、爆発エネルギーを10キロトン程度と推定しました。実際の値は約18-22キロトンであり、即席の方法としては驚くべき精度でした。

なぜフェルミ推定が有効なのか

フェルミ推定の精度が予想外に高い理由は、誤差の相殺効果にあります。

誤差の相殺メカニズム

複数の要素を推定する際、ある要素を過大評価し、別の要素を過小評価した場合、乗算や加算の過程で誤差が相殺されます。

例:要素Aを2倍に過大評価し、要素Bを1/2に過小評価した場合、A × B = (2A) × (B/2) = AB となり、最終結果は正確になります。

さらに、対数スケールで考えると、推定誤差が2倍や1/2程度であれば、桁数レベルでは正しい結果が得られます。

フェルミ推定の応用範囲

フェルミ推定は以下のような場面で有用です:

  • ビジネス:市場規模の推定、収益予測、資源配分
  • 科学研究:実験前の理論的予測、妥当性チェック
  • エンジニアリング:設計段階での概算、フィージビリティスタディ
  • 日常生活:時間管理、費用見積もり、意思決定
  • 採用面接:論理的思考力と問題解決能力の評価(Google、マッキンゼー等)

具体的な推定手順と実例

フェルミ推定の基本ステップ

フェルミ推定は以下の5つのステップで実行します。

フェルミ推定の5ステップ

  • ステップ1:問題の明確化 - 何を求めるのかを正確に定義する
  • ステップ2:問題の分解 - 大きな問題を小さな要素に分割する
  • ステップ3:仮定の設定 - 各要素に妥当な数値を仮定する
  • ステップ4:計算の実行 - 要素を組み合わせて最終値を算出する
  • ステップ5:妥当性の検証 - 結果が常識的な範囲内か確認する

実例1:日本の電柱の本数

「日本全国に電柱は何本あるか」という問題を考えます。

ステップ1:問題の明確化
求めるもの:日本の電柱の総本数
ステップ2:問題の分解

電柱の本数 = 道路の総延長 ÷ 電柱の間隔

ステップ3:仮定の設定
  • 日本の総面積:約38万km²
  • 道路密度:1km²あたり約1kmの道路(都市部と地方の平均)
  • 道路の総延長:38万km² × 1km/km² = 38万km
  • 電柱の間隔:約30m = 0.03km
ステップ4:計算の実行

電柱の本数 = 380,000km ÷ 0.03km = 約1,270万本

ステップ5:妥当性の検証

実際の統計:約3,500万本(電力会社と通信会社の合計)

推定値は約1/3だが、桁数レベルでは正しい(1,000万本のオーダー)

推定精度の分析
推定値が実際の約1/3になった理由は、主に以下の2点:
  • 道路密度を過小評価(都市部の密集度を考慮不足)
  • 電力・通信の二重設置を考慮していない
それでも、桁数レベルでは正確であり、フェルミ推定としては成功です。

実例2:ピアノ調律師の人数(古典的問題)

「シカゴにピアノ調律師は何人いるか」というフェルミの有名な問題を解きます。

推定プロセス

与えられる/推定する情報:

  • シカゴの人口:約300万人
  • 1世帯あたりの平均人数:3人
  • ピアノ保有率:10世帯に1台
  • 調律の頻度:年1回
  • 1回の調律時間:2時間
  • 調律師の年間労働時間:2000時間(週40時間×50週)
  • 調律以外の業務(移動等):労働時間の50%

計算:

世帯数 = 300万人 ÷ 3人/世帯 = 100万世帯

ピアノの台数 = 100万世帯 ÷ 10 = 10万台

年間の調律回数 = 10万台 × 1回/年 = 10万回

調律に必要な総時間 = 10万回 × 2時間 = 20万時間

調律師1人あたりの実調律時間 = 2000時間 × 50% = 1000時間

必要な調律師の人数 = 20万時間 ÷ 1000時間 = 200人

この推定は実際の統計とよく一致します。シカゴのピアノ調律師は数百人程度と推定されています。

実例3:コンビニの日商

「あるコンビニの1日の売上高」を推定します。

コンビニ日商の推定
時間帯 客数/時 営業時間 客単価 売上
朝(6-9時) 20人 3時間 500円 30,000円
昼(9-18時) 15人 9時間 600円 81,000円
夜(18-24時) 10人 6時間 700円 42,000円
深夜(0-6時) 5人 6時間 400円 12,000円
合計 165,000円

推定値:約16.5万円/日

実際のコンビニの平均日商は15-20万円程度であり、推定は妥当な範囲内です。

実務での応用と思考訓練

ビジネスでの応用例

フェルミ推定はビジネスの様々な場面で活用されます。

ビジネスにおける応用例

  • 市場規模の推定:新規事業の市場ポテンシャルを概算する
  • 売上予測:店舗や事業の収益性を事前評価する
  • リソース計画:必要な人員、設備、予算を見積もる
  • フィージビリティスタディ:プロジェクトの実現可能性を判断する
  • 競合分析:他社の規模や収益を推定する

市場規模推定の実例:サブスクリプション動画市場

「日本の動画サブスクリプション市場規模」を推定してみましょう。

推定プロセス

日本の世帯数:約5,000万世帯

サブスク利用率:30%(都市部50%、地方20%の平均)

利用世帯数:5,000万 × 30% = 1,500万世帯

平均月額:1,000円

年間市場規模 = 1,500万世帯 × 1,000円 × 12ヶ月 = 1,800億円

実際の市場規模は約2,000-3,000億円程度と推定されており、桁数レベルで一致しています。

フェルミ推定の精度向上のコツ

推定精度を高める10のテクニック

  • ボトムアップとトップダウンの両方で検証:2つのアプローチで推定し、結果を比較する
  • 端数を丸める:計算を簡単にするため、キリの良い数字を使う
  • 対数スケールで考える:10倍、100倍の桁で評価する
  • 極端なケースで確認:最小値と最大値を考え、妥当な範囲を確認する
  • 既知の数値を活用:人口、面積など確実な情報を基準にする
  • 類推を活用:似たような事例の数値を参考にする
  • 単位に注意:時間、面積、人数などの単位を明確にする
  • 仮定を明示:どの部分が仮定か明確にし、後で検証できるようにする
  • 常識チェック:結果が常識的な範囲内か必ず確認する
  • 反復練習:様々な問題で練習し、推定の感覚を養う

思考訓練としてのフェルミ推定

フェルミ推定は、以下の思考能力を鍛えるのに有効です。

フェルミ推定で鍛えられる能力
能力 説明
問題分解力 大きな問題を扱いやすい小さな要素に分割する
論理的思考力 要素間の関係を整理し、筋道を立てて考える
概算能力 細部にこだわらず、全体像を素早く把握する
仮定設定力 不完全な情報から妥当な仮定を立てる
検証能力 結果の妥当性を批判的に評価する

練習問題

フェルミ推定の能力を高めるため、以下の問題に挑戦してみてください。

フェルミ推定の練習問題
  1. 日本で1日に消費されるトイレットペーパーのロール数
  2. 東京ドームに入るピンポン玉の個数
  3. 日本の美容室の年間売上高合計
  4. 1年間に日本で販売されるスマートフォンの台数
  5. 富士山を削って海を埋め立てると、何平方キロメートルの土地ができるか

採用面接での活用

Google、マッキンゼー、BCGなどの企業では、フェルミ推定が採用面接で使用されます。評価されるのは「正解」ではなく、以下の能力です:

  • 構造化された思考プロセス
  • 妥当な仮定の設定能力
  • 論理的な説明力
  • 数値感覚
  • 柔軟な思考

結論

フェルミ推定は、不完全な情報から合理的な概算を導く強力な思考技法です。その本質は、問題を構造化し、妥当な仮定を設定し、論理的に推論する能力にあります。

ビジネスにおいては、市場規模推定、事業計画、リソース配分など、様々な意思決定の場面で活用できます。また、思考訓練としても有効であり、問題解決能力全般を向上させます。

重要なのは、完璧な精度を求めることではなく、桁数レベルで正しい概算を素早く得ることです。日常的に様々な問題でフェルミ推定を実践することで、この有用な思考技法を身につけることができます。

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