フェルミ推定の方法論|概算による問題解決技法
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フェルミ推定の基本原理と歴史
フェルミ推定とは何か
フェルミ推定(Fermi Estimation)は、正確なデータが入手困難な問題に対し、既知の情報と論理的推論により、桁数レベルで正しい概算を導出する手法です。
- 完全な情報がなくても推定可能
- 桁数レベル(10倍、100倍)の精度を目標とする
- 問題を小さな要素に分解する
- 各要素に妥当な仮定を適用する
- 誤差の相殺効果により、最終結果は比較的正確になる
エンリコ・フェルミと原子爆弾実験
この手法の名前は、イタリア出身の物理学者エンリコ・フェルミ(1901-1954)に由来します。フェルミは1945年の原子爆弾実験時に、紙片を落下させることで爆発のエネルギーを概算したことで知られています。
爆風が到達した瞬間、フェルミは紙片を手から放しました。紙片が約2.5メートル飛んだことから、爆発エネルギーを10キロトン程度と推定しました。実際の値は約18-22キロトンであり、即席の方法としては驚くべき精度でした。
なぜフェルミ推定が有効なのか
フェルミ推定の精度が予想外に高い理由は、誤差の相殺効果にあります。
複数の要素を推定する際、ある要素を過大評価し、別の要素を過小評価した場合、乗算や加算の過程で誤差が相殺されます。
例:要素Aを2倍に過大評価し、要素Bを1/2に過小評価した場合、A × B = (2A) × (B/2) = AB となり、最終結果は正確になります。
さらに、対数スケールで考えると、推定誤差が2倍や1/2程度であれば、桁数レベルでは正しい結果が得られます。
フェルミ推定の応用範囲
フェルミ推定は以下のような場面で有用です:
- ビジネス:市場規模の推定、収益予測、資源配分
- 科学研究:実験前の理論的予測、妥当性チェック
- エンジニアリング:設計段階での概算、フィージビリティスタディ
- 日常生活:時間管理、費用見積もり、意思決定
- 採用面接:論理的思考力と問題解決能力の評価(Google、マッキンゼー等)
具体的な推定手順と実例
フェルミ推定の基本ステップ
フェルミ推定は以下の5つのステップで実行します。
フェルミ推定の5ステップ
- ステップ1:問題の明確化 - 何を求めるのかを正確に定義する
- ステップ2:問題の分解 - 大きな問題を小さな要素に分割する
- ステップ3:仮定の設定 - 各要素に妥当な数値を仮定する
- ステップ4:計算の実行 - 要素を組み合わせて最終値を算出する
- ステップ5:妥当性の検証 - 結果が常識的な範囲内か確認する
実例1:日本の電柱の本数
「日本全国に電柱は何本あるか」という問題を考えます。
求めるもの:日本の電柱の総本数
電柱の本数 = 道路の総延長 ÷ 電柱の間隔
- 日本の総面積:約38万km²
- 道路密度:1km²あたり約1kmの道路(都市部と地方の平均)
- 道路の総延長:38万km² × 1km/km² = 38万km
- 電柱の間隔:約30m = 0.03km
電柱の本数 = 380,000km ÷ 0.03km = 約1,270万本
実際の統計:約3,500万本(電力会社と通信会社の合計)
推定値は約1/3だが、桁数レベルでは正しい(1,000万本のオーダー)
推定値が実際の約1/3になった理由は、主に以下の2点:
- 道路密度を過小評価(都市部の密集度を考慮不足)
- 電力・通信の二重設置を考慮していない
実例2:ピアノ調律師の人数(古典的問題)
「シカゴにピアノ調律師は何人いるか」というフェルミの有名な問題を解きます。
与えられる/推定する情報:
- シカゴの人口:約300万人
- 1世帯あたりの平均人数:3人
- ピアノ保有率:10世帯に1台
- 調律の頻度:年1回
- 1回の調律時間:2時間
- 調律師の年間労働時間:2000時間(週40時間×50週)
- 調律以外の業務(移動等):労働時間の50%
計算:
世帯数 = 300万人 ÷ 3人/世帯 = 100万世帯
ピアノの台数 = 100万世帯 ÷ 10 = 10万台
年間の調律回数 = 10万台 × 1回/年 = 10万回
調律に必要な総時間 = 10万回 × 2時間 = 20万時間
調律師1人あたりの実調律時間 = 2000時間 × 50% = 1000時間
必要な調律師の人数 = 20万時間 ÷ 1000時間 = 200人
この推定は実際の統計とよく一致します。シカゴのピアノ調律師は数百人程度と推定されています。
実例3:コンビニの日商
「あるコンビニの1日の売上高」を推定します。
| 時間帯 | 客数/時 | 営業時間 | 客単価 | 売上 |
|---|---|---|---|---|
| 朝(6-9時) | 20人 | 3時間 | 500円 | 30,000円 |
| 昼(9-18時) | 15人 | 9時間 | 600円 | 81,000円 |
| 夜(18-24時) | 10人 | 6時間 | 700円 | 42,000円 |
| 深夜(0-6時) | 5人 | 6時間 | 400円 | 12,000円 |
| 合計 | 165,000円 | |||
推定値:約16.5万円/日
実際のコンビニの平均日商は15-20万円程度であり、推定は妥当な範囲内です。
実務での応用と思考訓練
ビジネスでの応用例
フェルミ推定はビジネスの様々な場面で活用されます。
ビジネスにおける応用例
- 市場規模の推定:新規事業の市場ポテンシャルを概算する
- 売上予測:店舗や事業の収益性を事前評価する
- リソース計画:必要な人員、設備、予算を見積もる
- フィージビリティスタディ:プロジェクトの実現可能性を判断する
- 競合分析:他社の規模や収益を推定する
市場規模推定の実例:サブスクリプション動画市場
「日本の動画サブスクリプション市場規模」を推定してみましょう。
日本の世帯数:約5,000万世帯
サブスク利用率:30%(都市部50%、地方20%の平均)
利用世帯数:5,000万 × 30% = 1,500万世帯
平均月額:1,000円
年間市場規模 = 1,500万世帯 × 1,000円 × 12ヶ月 = 1,800億円
実際の市場規模は約2,000-3,000億円程度と推定されており、桁数レベルで一致しています。
フェルミ推定の精度向上のコツ
推定精度を高める10のテクニック
- ボトムアップとトップダウンの両方で検証:2つのアプローチで推定し、結果を比較する
- 端数を丸める:計算を簡単にするため、キリの良い数字を使う
- 対数スケールで考える:10倍、100倍の桁で評価する
- 極端なケースで確認:最小値と最大値を考え、妥当な範囲を確認する
- 既知の数値を活用:人口、面積など確実な情報を基準にする
- 類推を活用:似たような事例の数値を参考にする
- 単位に注意:時間、面積、人数などの単位を明確にする
- 仮定を明示:どの部分が仮定か明確にし、後で検証できるようにする
- 常識チェック:結果が常識的な範囲内か必ず確認する
- 反復練習:様々な問題で練習し、推定の感覚を養う
思考訓練としてのフェルミ推定
フェルミ推定は、以下の思考能力を鍛えるのに有効です。
| 能力 | 説明 |
|---|---|
| 問題分解力 | 大きな問題を扱いやすい小さな要素に分割する |
| 論理的思考力 | 要素間の関係を整理し、筋道を立てて考える |
| 概算能力 | 細部にこだわらず、全体像を素早く把握する |
| 仮定設定力 | 不完全な情報から妥当な仮定を立てる |
| 検証能力 | 結果の妥当性を批判的に評価する |
練習問題
フェルミ推定の能力を高めるため、以下の問題に挑戦してみてください。
- 日本で1日に消費されるトイレットペーパーのロール数
- 東京ドームに入るピンポン玉の個数
- 日本の美容室の年間売上高合計
- 1年間に日本で販売されるスマートフォンの台数
- 富士山を削って海を埋め立てると、何平方キロメートルの土地ができるか
採用面接での活用
Google、マッキンゼー、BCGなどの企業では、フェルミ推定が採用面接で使用されます。評価されるのは「正解」ではなく、以下の能力です:
- 構造化された思考プロセス
- 妥当な仮定の設定能力
- 論理的な説明力
- 数値感覚
- 柔軟な思考
結論
フェルミ推定は、不完全な情報から合理的な概算を導く強力な思考技法です。その本質は、問題を構造化し、妥当な仮定を設定し、論理的に推論する能力にあります。
ビジネスにおいては、市場規模推定、事業計画、リソース配分など、様々な意思決定の場面で活用できます。また、思考訓練としても有効であり、問題解決能力全般を向上させます。
重要なのは、完璧な精度を求めることではなく、桁数レベルで正しい概算を素早く得ることです。日常的に様々な問題でフェルミ推定を実践することで、この有用な思考技法を身につけることができます。
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