鳩の抱卵メカニズム考察2025|体温調節と環境適応の科学
更新日:2025年10月17日
鳩の抱卵の基本
抱卵期間と産卵パターン
鳩は通常2個の卵を産みます。最初の卵を産んだ後、1〜2日後に2個目の卵を産み、2個目が産まれてから本格的な抱卵を開始します。これは2つの卵の孵化時期を同時にするためと考えられています。
ドバト(カワラバト)の場合、抱卵期間は約18日間です。キジバトの場合は15〜16日程度とやや短くなります。この期間中、親鳥はほとんど巣を離れず、卵を温め続けます。
オスとメスの役割分担
鳩の抱卵は雌雄共同で行われます。産卵直後は主にメスが抱卵しますが、1週間前後からオスとメスが交代で抱卵するようになります。
一般的に、オスは日中の数時間を担当し、メスは夜間と早朝・夕方を担当します。交代時には、巣に戻った親鳥が特徴的な鳴き声で合図を送ります。観察すると、親鳥が1〜2時間程度で交代していることがわかります。
なぜ立って温めているように見えるのか
観察者が「立って温めている」と感じる場面は、実は親鳥が以下の行動をしている瞬間です:
- 温度確認:卵の温度をチェックするため、わずかに体を浮かせる
- 卵の転がし:温度を均一にするため、卵を回転させる
- 冷却:卵が過熱している時、一時的に体を離す
- 換気:巣内の空気を循環させる
- 姿勢変更:長時間同じ姿勢を避けるための休憩
これらはすべて、卵を最適な温度で維持するための重要な行動です。
体温調節の科学
鳩の体温:昼と夜の変化
鳥類の体温に関する研究によると、鳩(カワラバト)の体温は以下のように変化します:
| 時間帯 | 体温 | 備考 | 
|---|---|---|
| 昼間 | 40.5℃ | 活動時の通常体温 | 
| 夜間 | 36.4℃ | 代謝を下げて省エネモード | 
| 平均 | 41.8℃ | 他の研究データ | 
鳩は夜間に体温を約4℃下げることで、エネルギー消費を抑えながら長時間の抱卵を可能にしています。これは哺乳類にはない、鳥類特有の適応戦略です。
卵の適温:科学的データ
鳥類の卵を孵化させるための最適温度は、複数の研究で明らかにされています:
卵の温度範囲
- 人工孵化器の設定:37.5〜38.5℃(湿度60%)
- 自然環境下の卵温度:約38℃が理想
- 生存可能範囲:34〜40℃(継続的な場合)
- 危険温度:40℃以上または34℃以下が継続すると孵化失敗
ResearchGateに掲載された科学論文「Incubation temperature of the pigeon embryo (Columba livia)」(1998年)によると、環境温度によって卵の温度は以下のように調節されます:
- 環境温度28℃:卵温度36.7℃(±0.8℃)
- 環境温度45℃:卵温度39.0℃(±0.6℃)
- 環境温度50℃:卵温度40.7℃(±0.6℃)
抱卵斑(ほうらんはん):温度センサーの役割
鳥類が効率的に卵を温めることができるのは、抱卵斑(brood patch)と呼ばれる特殊な皮膚パッチのおかげです。
産卵の4〜6日前:腹部の羽毛が自然に抜け落ちる(または自ら抜く)
産卵時:皮膚表面に血管が密集し、赤く充血した状態になる
抱卵中:温度センサーとして機能し、卵の温度を常に感知
孵化後:羽毛が再生し始める(早成性の鳥はより早く再生)
抱卵斑の主な機能:
- 熱伝導:羽毛という断熱材を取り除き、体温を直接卵に伝える
- 温度感知:卵の温度を正確に感知し、体の位置を調整
- 血流調節:血管を拡張・収縮させて熱量を調整
親鳥が巣に戻ると、左右に体を揺らしながら卵の上に座ります。これは抱卵斑が卵に完全に接触するよう位置を調整しているのです。この行動は多くの鳥類に共通して見られます。
極端な環境への適応
灼熱環境での繁殖:50℃を超える環境
鳩の環境適応能力は驚異的です。ResearchGateの研究論文によると、カワラバト(Rock Pigeon, Columba livia)は環境温度が50℃を超える場所でも繁殖に成功しています。
研究では、50℃の環境下で抱卵中の鳩の体温は通常より低い38.9℃(±0.6℃)に下がり、卵温度は40.7℃(±0.6℃)に調節されていました。これは「皮膚蒸発冷却メカニズム」という特殊な冷却システムによるものです。
暑さへの対処メカニズム
鳩が極端な暑さに対応する方法:
| 対処方法 | 詳細 | 
|---|---|
| 皮膚蒸発冷却 | パンティング(あえぎ呼吸)ではなく、皮膚表面からの水分蒸発で体温を下げる | 
| 立ち上がり行動 | 卵が過熱すると体を離し、卵を冷却する | 
| 日陰の利用 | 体を日陰として使い、卵を直射日光から守る | 
| 活動抑制 | 不要な活動を避け、代謝率を低く保つ | 
| 足からの放熱 | 羽毛のない足を大気に晒して体温を下げる | 
寒さへの対処メカニズム
反対に、寒冷環境では以下の戦略をとります:
- 抱卵時間の増加:外気温が低いほど、卵を温める時間が長くなる
- 夜間の体温低下:36.4℃まで下げて省エネモードに入る
- 羽毛を膨らませる:体と卵の間に空気層を作り断熱効果を高める
- 交代頻度の調整:寒い時期は交代を素早く行い、卵を冷やさない
研究によると、大規模な嵐や長時間の寒冷・強風時には、メスが卵を放置して餌探しの時間を延長することがあります。これは自身の体温を守るための緊急措置です。また、夜間には抱卵斑を引っ込めて卵を冷やすことで、自身の体温防衛能力を高めます。
温度調節の優先順位
鳩は以下の優先順位で温度を管理しています:
- 自身の生存:極端な環境では自分の体温維持を優先
- 卵の保護:可能な限り卵を最適温度に保つ
- エネルギー効率:長期的な抱卵を可能にする省エネ戦略
卵が低温に何度も晒されたり、寒冷時に完全に放置されたりしても、胚の生存には影響しないという研究結果もあります。鳩の卵は、短期的な温度変動に対して驚くほど頑健です。
巣材の役割と戦略
最小限主義:なぜ藁や枝だけなのか
鳩の巣を見ると、「こんな雑な巣で大丈夫なの?」と心配になるほど簡素です。実際、下から見上げると巣の中の卵が見えることもあります。しかし、これは鳩の合理的な戦略なのです。
鳩の巣作り戦略
- 最小限の巣材:藁、細い枝、草の茎など、必要最小限の材料のみ
- 古巣の再利用:繁殖の約74%は古巣を利用(調査データ)
- 他種の巣も利用:ヒヨドリやモズの古巣も再利用する
- 土の上に直接:地面や平らな場所に直接作ることも多い
巣材の機能:断熱と通気性
一見雑に見える巣材ですが、重要な機能を持っています:
| 機能 | 仕組み | 
|---|---|
| 断熱効果 | 藁や枝の間の空気層が断熱材として機能し、地面からの冷気や熱を遮断 | 
| 通気性 | 隙間が多い構造により、過度な湿気を防ぎ、空気循環を促進 | 
| 排水機能 | 雨水が溜まらず、すぐに流れ落ちる構造 | 
| クッション | 卵が直接硬い地面に触れないよう保護 | 
土の上に巣を作る理由
鳩がベランダの排水溝や地面に近い場所を好む理由:
- 天敵から隠れやすい:人間の建物や構造物は猫やカラスから身を守る絶好の場所
- 安定性:平らで安定した場所は卵が転がり落ちる心配がない
- 温度安定:地面や建物の構造は温度変化が緩やか
- 水場に近い:鳩は水の匂いがわかるとされ、水場に近い場所を好む
都市部の鳩は、ベランダの室外機の下、植木鉢の中、自転車のカゴなど、人工物を積極的に巣作りに利用します。これらの場所は雨風をしのげ、かつ天敵が近づきにくいため、鳩にとって理想的な営巣環境なのです。
なぜ精巧な巣を作らないのか
鳩が簡素な巣で済ませる理由:
- ピジョンミルク:鳩は喉から栄養豊富な「ピジョンミルク」を分泌し、雛に与えます。虫を捕まえる必要がないため、長時間巣を離れる必要がありません
- 巣作りの時間短縮:簡素な巣なら数時間で完成し、すぐに産卵できます
- 古巣の再利用:精巧な巣を作るより、既存の巣を補強する方が効率的
- 年間複数回の繁殖:真夏を除くほぼ一年中繁殖可能なため、巣作りは効率優先
観察のポイントと考察
抱卵中の親鳥の行動パターン
観察時に注目すべきポイント:
観察チェックリスト
- 立ち上がり頻度:暑い日は頻繁、寒い日は少ない
- 交代のタイミング:オスは主に日中、メスは夜間と早朝・夕方
- 卵の転がし:1〜2時間ごとに卵を回転させる動作
- 警戒行動:人が近づくとじっと動かず、目で追う
- 給餌交代:餌を食べに行く時は素早く交代
季節による違い
| 季節 | 特徴的な行動 | 
|---|---|
| 春(3〜5月) | 最も繁殖が活発。抱卵時間が標準的で、親鳥も活動的 | 
| 夏(6〜8月) | 暑さ対策で立ち上がり頻度が増加。日陰を作る行動が見られる | 
| 秋(9〜11月) | 春と同様に繁殖活発。気温が適度で親鳥の負担が少ない | 
| 冬(12〜2月) | 抱卵時間が長く、交代が素早い。羽毛を膨らませて保温 | 
観察時の注意点
鳩は鳥獣保護法で守られています。卵や巣を無断で移動・撤去することは違法です(1年以下の懲役または100万円以下の罰金)。観察する際は以下の点に注意してください:
- 距離を保つ:2メートル以上離れて観察する
- 騒音を避ける:大きな音や振動は親鳥にストレスを与えます
- 頻繁な接近を避ける:何度も近づくと巣を放棄することがあります
- 触らない:卵や巣に触ると親鳥が警戒して戻らなくなる可能性があります
- 撮影は控えめに:フラッシュは使用せず、短時間で済ませます
科学的考察:鳩の適応戦略
これまでの科学的データをもとに、鳩の抱卵戦略を総合的に考察すると:
鳩は「完璧主義」ではなく「実用主義」の繁殖戦略をとっています。精巧な巣を作る代わりに、最小限の労力で最大の効果を得る方法を選択しています。これは年間複数回の繁殖を可能にし、都市環境への適応を成功させた重要な要因です。
また、極端な環境でも繁殖できる適応能力は、鳩が世界中で成功している理由の一つです。体温調節の柔軟性、抱卵斑という特殊な器官、そして卵自体の頑健性が組み合わさって、驚異的な環境適応を実現しています。
都市部で鳩が増加している背景には、人間の建造物が理想的な営巣環境を提供していることがあります。鳩の生態を理解することで、適切な距離を保ちながら共存する方法を考えることができます。
本記事は2025年10月17日時点の情報に基づいて作成されています。記事内容は以下の科学論文および研究データを参考にしています:
• Huggins, R.A. (1998). "Incubation temperature of the pigeon embryo (Columba livia)", ResearchGate
• Stanford University Center for Conservation Biology. "Brood Patches", Stanford Birds
• British Trust for Ornithology (BTO). "Incubation"
• 翆野大地 (2023). "第968回 鳥の体温測定"
• Wikipedia. "Brood patch"
• Sialis.org. "Brood Patch: What is it and where can I get one?"
記事内容は個人的な考察と科学的研究データに基づくものです。鳥類の行動には個体差があり、すべての個体に当てはまるわけではありません。野鳥を観察する際は、鳥獣保護法を遵守し、鳥への負担を最小限にするよう配慮してください。
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