第1章:アジャイルとは
更新日:2025年12月7日
1. アジャイル開発の背景
1.1 ソフトウェア危機
1960年代後半、ソフトウェア開発の現場では深刻な問題が顕在化していた。プロジェクトの遅延、予算超過、品質問題が常態化し、この状況は「ソフトウェア危機(Software Crisis)」と呼ばれた[1]。
この危機に対応するため、1970年代にはウォーターフォールモデルを中心とした計画駆動型の開発手法が確立された。要件定義から設計、実装、テスト、運用という工程を順番に進める手法である。
1.2 従来手法の限界
しかし、1990年代に入ると従来手法の限界が明らかになった。ビジネス環境の変化が加速し、プロジェクト開始時に全ての要件を確定することが困難になったためである。Table 1に従来手法の主な課題を示す。
Table 1. 従来手法の課題
| 課題 | 内容 |
|---|---|
| 要件の不確実性 | 開発開始時に全ての要件を確定できない |
| フィードバックの遅延 | 動くソフトウェアが完成するまで検証できない |
| 変更への対応コスト | 後工程での変更が大きなコストを伴う |
| 顧客との乖離 | 長い開発期間中に顧客ニーズが変化する |
これらの課題を解決するため、1990年代には様々な軽量開発手法が提案された。エクストリーム・プログラミング(XP)、スクラム、クリスタル、適応型ソフトウェア開発などである。
2. アジャイルマニフェスト
2.1 4つの価値
2001年2月、米国ユタ州スノーバードに17名のソフトウェア開発者が集まり、軽量開発手法の共通点を議論した。その結果として発表されたのがアジャイルソフトウェア開発宣言(Agile Manifesto)である[2]。
マニフェストでは、4つの価値が宣言された。
2.1.1 プロセスやツールよりも個人と対話を重視する。効果的なコミュニケーションがプロジェクト成功の鍵である。
2.1.2 包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを重視する。顧客価値は動くソフトウェアによって提供される。
2.1.3 契約交渉よりも顧客との協調を重視する。顧客とチームが協力して価値を創造する。
2.1.4 計画に従うことよりも変化への対応を重視する。変化は避けるべきものではなく、歓迎すべきものである。
Fig. 1にアジャイルの価値観をマインドマップとして示す。
2.2 12の原則
マニフェストを補完するものとして、12の原則が定められた。Table 2に12の原則の概要を示す。
Table 2. アジャイル12の原則
| 番号 | 原則 |
|---|---|
| 1 | 顧客満足を最優先し、価値のあるソフトウェアを早く継続的に提供する |
| 2 | 要求の変更を歓迎する。変化を顧客の競争力向上のために活用する |
| 3 | 動くソフトウェアを短い期間で頻繁にリリースする |
| 4 | ビジネス側の人と開発者が日々一緒に働く |
| 5 | 意欲に満ちた人々を集め、環境と支援を与え、信頼して任せる |
| 6 | 情報伝達の最も効率的な方法は、フェイス・トゥ・フェイスの会話である |
| 7 | 動くソフトウェアこそが進捗の最も重要な尺度である |
| 8 | 持続可能な開発ペースを維持する |
| 9 | 技術的卓越性と優れた設計への注意が機敏さを高める |
| 10 | シンプルさ(ムダを省くこと)が本質である |
| 11 | 最良のアーキテクチャ、要求、設計は自己組織化チームから生まれる |
| 12 | チームは定期的に振り返り、やり方を調整する |
3. ウォーターフォールとの比較
3.1 開発プロセスの違い
ウォーターフォール開発とアジャイル開発では、プロセスの進め方が根本的に異なる。Fig. 2に両手法の比較を示す。
ウォーターフォール開発では、要件定義、設計、実装、テスト、運用という工程を順番に進める。各工程が完了してから次の工程に進むため、前工程への手戻りは大きなコストを伴う。
一方、アジャイル開発では、短い反復(イテレーション)を繰り返す。各イテレーションで要件定義から実装、テストまでを行い、動くソフトウェアをインクリメンタルに積み上げていく。
Table 3に両手法の特徴比較を示す。
Table 3. ウォーターフォールとアジャイルの比較
| 観点 | ウォーターフォール | アジャイル |
|---|---|---|
| 計画 | プロジェクト開始時に詳細計画 | イテレーションごとに計画 |
| 要件 | 事前に確定 | 段階的に詳細化 |
| 変更 | 変更管理プロセスで制御 | 変更を歓迎 |
| 顧客関与 | 主に初期と最終フェーズ | 継続的に関与 |
| 成果物 | 各工程でドキュメント | 動くソフトウェア |
| リスク | 後工程で顕在化 | 早期に発見・対応 |
3.2 適用場面
アジャイル開発は全てのプロジェクトに適しているわけではない。Table 4にプロジェクト特性と適切な手法の関係を示す。
Table 4. プロジェクト特性と手法選択
| プロジェクト特性 | 推奨手法 |
|---|---|
| 要件が明確で変更が少ない | ウォーターフォール |
| 要件が不確実で変更が多い | アジャイル |
| 規制が厳しく文書化が必須 | ウォーターフォール |
| 顧客との密接な協働が可能 | アジャイル |
| チームが分散し経験が浅い | ウォーターフォール |
| チームが同一拠点で自律的 | アジャイル |
4. アジャイルの種類
アジャイル開発には複数のフレームワークや手法が存在する。Table 5に主なアジャイル手法を示す。
Table 5. 主なアジャイル手法
| 手法 | 特徴 | 本コンテンツでの解説 |
|---|---|---|
| スクラム | 役割・イベント・成果物が明確に定義されたフレームワーク | 第2章 |
| カンバン | フロー効率を重視し、WIP制限で最適化する手法 | 第3章 |
| XP | 技術的プラクティス(ペアプログラミング、TDD等)を重視 | 本コンテンツでは詳細解説なし |
| リーン開発 | ムダの排除と価値の最大化を追求する手法 | 本コンテンツでは詳細解説なし |
次章では、最も広く採用されているスクラムについて詳しく解説する。
References
[1] NATO Software Engineering Conference, "Software Engineering: Report of a conference sponsored by the NATO Science Committee," 1968.
[2] K. Beck et al., "Manifesto for Agile Software Development," agilemanifesto.org, 2001.
本コンテンツは2025年12月時点の情報に基づいて作成されている。アジャイル開発の解釈や実践方法は組織や文脈によって異なる場合がある。実際の導入にあたっては、公式ガイドや専門家の助言を参照されたい。