第2章:スクラム基礎
更新日:2025年12月7日
1. スクラムの概要
1.1 定義と特徴
スクラムは、Ken SchwaberとJeff Sutherlandによって開発されたフレームワークである。スクラムガイドでは「人々が複雑な適応課題に取り組みながら、創造的かつ生産的に最高価値のプロダクトを提供するためのフレームワーク」と定義されている[1]。
スクラムの主な特徴をTable 1に示す。
Table 1. スクラムの特徴
| 特徴 | 説明 |
|---|---|
| 軽量 | 最小限のルールで構成され、理解しやすい |
| 反復的 | スプリントと呼ばれる固定期間で繰り返す |
| 漸進的 | 動くソフトウェアを少しずつ積み上げる |
| 経験主義 | 実際の経験に基づいて判断・適応する |
1.2 スクラムの柱
スクラムは経験主義と呼ばれる考え方に基づいており、3つの柱で支えられている。
1.2.1 透明性(Transparency):プロセスと成果物が関係者全員に見える状態を維持する。共通の言語と定義を使用し、情報を隠さない。
1.2.2 検査(Inspection):成果物やプロセスを頻繁に検査し、問題を早期に発見する。ただし、検査が作業の妨げになってはならない。
1.2.3 適応(Adaptation):検査の結果、改善が必要な場合は速やかに調整を行う。問題を先送りにせず、即座に対応する。
Fig. 1にスクラムの3本柱を示す。
2. 3つのロール
スクラムチームは、プロダクトオーナー、スクラムマスター、開発チームの3つのロールで構成される。これらは階層関係ではなく、それぞれが異なる責任を持つ対等な立場である。
2.1 プロダクトオーナー
プロダクトオーナー(PO)は、プロダクトの価値を最大化する責任を持つ。主な責務をTable 2に示す。
Table 2. プロダクトオーナーの責務
| 責務 | 内容 |
|---|---|
| プロダクトゴールの設定 | プロダクトの目指す方向性を明確にする |
| バックログ管理 | プロダクトバックログの作成・優先順位付け・明確化 |
| ステークホルダー調整 | 顧客や関係者との要求調整 |
| 完了の判断 | インクリメントの受け入れ可否を決定 |
プロダクトオーナーは1人であり、委員会ではない。決定権と責任を明確にするため、この原則は重要である。
2.2 スクラムマスター
スクラムマスター(SM)は、スクラムの正しい理解と実践を促進する責任を持つ。マネージャーではなく、サーバントリーダーとしてチームを支援する。
2.2.1 チームへの支援:自己管理と機能横断性を高めるコーチング、障害の除去、イベントのファシリテーション。
2.2.2 プロダクトオーナーへの支援:効果的なバックログ管理手法の提案、ステークホルダーとの協働支援。
2.2.3 組織への支援:スクラム導入の支援、経験主義的アプローチの推進、組織変革のリード。
2.3 開発チーム
開発チーム(Developers)は、スプリントごとに価値あるインクリメントを作成する責任を持つ。
開発チームの特徴をTable 3に示す。
Table 3. 開発チームの特徴
| 特徴 | 説明 |
|---|---|
| 自己管理 | 誰が何をいつどのように行うかをチーム内で決定 |
| 機能横断 | インクリメント作成に必要な全スキルを保有 |
| 平等 | サブチームや階層は存在しない |
| サイズ | 通常3〜9名程度が推奨される |
Fig. 2にスクラムチームの構成を示す。
3. 5つのイベント
3.1 スプリント
スプリントはスクラムの心臓部であり、他の全てのイベントを包含するコンテナである。1〜4週間の固定期間で、通常は2週間が採用されることが多い。
スプリントの特徴を以下に示す。
3.1.1 固定期間:スプリント期間は変更せず、一定のリズムを維持する。
3.1.2 ゴールの設定:各スプリントにはスプリントゴールが設定される。
3.1.3 中断禁止:品質目標を下げる変更やゴールを危険にさらす変更は行わない。
3.1.4 継続的改善:スプリント終了後、即座に次のスプリントを開始する。
Fig. 3にスプリントサイクルの全体像を示す。
3.2 各イベントの詳細
スプリント内で行われる4つのイベントをTable 4に示す。
Table 4. スクラムイベント一覧
| イベント | 目的 | タイムボックス(2週間スプリントの場合) |
|---|---|---|
| スプリントプランニング | スプリントで行う作業を計画する | 最大4時間 |
| デイリースクラム | 進捗確認と計画調整 | 最大15分 |
| スプリントレビュー | 成果物の検査とフィードバック収集 | 最大2時間 |
| スプリントレトロスペクティブ | プロセスの検査と改善計画 | 最大1.5時間 |
3.2.1 スプリントプランニング:なぜこのスプリントは価値があるか、何を達成できるか、どのように作業を進めるかを決定する。
3.2.2 デイリースクラム:開発チームが毎日同じ時間・場所で行う短いミーティング。スプリントゴール達成に向けた進捗を確認し、必要に応じて計画を調整する。
3.2.3 スプリントレビュー:スプリントの成果をステークホルダーに提示し、フィードバックを収集する。プレゼンテーションではなく、協働作業セッションである。
3.2.4 スプリントレトロスペクティブ:チームがプロセス、ツール、相互作用を振り返り、改善点を特定する。次のスプリントで実施する改善策を決定する。
4. 3つの成果物
スクラムでは3つの成果物が定義されている。各成果物には透明性を確保するためのコミットメントが紐付けられている。Table 5に成果物とコミットメントの関係を示す。
Table 5. スクラムの成果物とコミットメント
| 成果物 | コミットメント | 説明 |
|---|---|---|
| プロダクトバックログ | プロダクトゴール | プロダクトに必要な全ての項目の優先順位付きリスト |
| スプリントバックログ | スプリントゴール | スプリントで実施する項目と実現計画 |
| インクリメント | 完成の定義(DoD) | スプリントで完成した動くソフトウェア |
4.1 プロダクトバックログ:プロダクトに追加・変更・削除する全ての項目を含む。プロダクトオーナーが管理し、継続的に詳細化される。上位項目ほど詳細で、見積もりが行われている。
4.2 スプリントバックログ:スプリントプランニングで選択されたプロダクトバックログ項目と、それを実現するための計画で構成される。開発チームが所有し、随時更新される。
4.3 インクリメント:完成の定義(Definition of Done)を満たした、使用可能な状態のソフトウェア。スプリントレビューで検査され、必要に応じてリリースされる。
次章では、フロー効率を重視するカンバン手法について解説する。
References
[1] K. Schwaber and J. Sutherland, "The Scrum Guide," scrumguides.org, 2020.
本コンテンツは2025年12月時点の情報に基づいて作成されている。スクラムガイドは定期的に更新されるため、最新の情報については公式サイト(scrumguides.org)を参照されたい。