第3章:カンバン基礎

更新日:2025年12月7日

本章では、フロー効率を重視するカンバン手法を解説する。カンバンはトヨタ生産方式に由来し、作業の可視化とWIP(仕掛中作業)制限を通じてフローを最適化する。スクラムと異なりロールやイベントを規定せず、既存プロセスに漸進的に導入できる特徴を持つ。

1. カンバンの概要

1.1 起源と定義

カンバン(Kanban)は、1940年代にトヨタ自動車で開発されたジャストインタイム生産方式に由来する。「看板」という日本語が語源であり、生産現場で部品の補充を指示するカードを意味していた。

ソフトウェア開発への適用は2000年代にDavid J. Andersonによって体系化された[1]。現在のカンバン方式は、作業の可視化、フロー管理、継続的改善を核とする知識労働向けの手法として確立されている。

1.2 基本原則

カンバン方式には4つの基本原則と6つのプラクティスが定められている。Table 1に基本原則を示す。

Table 1. カンバンの4つの基本原則

原則 説明
現状から始める 既存のプロセス、役割、責任を尊重して開始する
漸進的な変化を追求 革命的ではなく進化的な改善を行う
役割を尊重 現在の役職や責任を維持したまま改善する
リーダーシップを奨励 組織のあらゆる階層でリーダーシップを発揮する

6つのプラクティスをTable 2に示す。

Table 2. カンバンの6つのプラクティス

番号 プラクティス
1 ワークフローを可視化する
2 仕掛中作業(WIP)を制限する
3 フローを管理する
4 プロセスポリシーを明確にする
5 フィードバックループを実装する
6 協力的に改善し、実験的に進化する

2. カンバンボード

2.1 基本構成

カンバンボードは、作業の流れを可視化するための主要ツールである。列(カラム)は作業状態を表し、カードは個々の作業項目を表す。Fig. 1に基本的なカンバンボードの構成を示す。

カードは左から右へ流れ、各列のWIP制限に従って移動する。作業が完了すると「完了」列に入り、システムから取り除かれる。

2.2 設計のポイント

効果的なカンバンボード設計のポイントをTable 3に示す。

Table 3. カンバンボード設計のポイント

ポイント 説明
実際のワークフローを反映 理想ではなく現実のプロセスをそのまま可視化する
列は必要最小限 複雑すぎるボードは管理が困難になる
待機列の明示 「開発中」「開発待ち」のように待機状態を分離する
ボトルネックの可視化 滞留が発生しやすい箇所を識別できるようにする

2.2.1 スイムレーン:作業の種類(機能開発、バグ修正、緊急対応等)を区別するため、水平方向のレーンを設ける場合がある。

2.2.2 完了の定義:各列を通過する条件(完了の定義)を明確に定め、共有する。

3. WIP制限

3.1 目的と効果

WIP(Work In Progress)制限は、カンバン方式の核心的要素である。同時に着手できる作業数を制限することで、以下の効果が得られる。

3.1.1 リードタイム短縮:作業が滞留せず、個々のタスクが速く完了する。

3.1.2 ボトルネック発見:制限に達した列が明らかになり、問題箇所を特定できる。

3.1.3 マルチタスク削減:コンテキストスイッチによる非効率を防止する。

3.1.4 予測可能性向上:安定したフローにより、完了時期の予測精度が上がる。

Fig. 2にWIP制限の効果を示す。

3.2 制限値の設定

WIP制限値の設定には正解がなく、チームの状況に応じて調整する。Table 4に設定の目安を示す。

Table 4. WIP制限値の設定目安

アプローチ 説明
チーム人数ベース 開発者数 × 1.5〜2程度を目安とする
現状測定 現在の平均WIPを測定し、やや厳しめに設定する
漸進的調整 緩めの制限から始め、徐々に絞り込む

WIP制限は固定ではなく、チームの成熟度やプロジェクト状況に応じて継続的に見直す。

4. フロー管理

4.1 メトリクス

カンバン方式では、フローの健全性を測定するためのメトリクスが重要である。Table 5に主要なメトリクスを示す。

Table 5. カンバンの主要メトリクス

メトリクス 定義 用途
リードタイム 作業開始から完了までの時間 顧客視点での予測可能性
サイクルタイム 実作業開始から完了までの時間 チーム効率の測定
スループット 単位時間あたりの完了項目数 チームのキャパシティ
WIP 現時点の仕掛中作業数 負荷状況の把握

これらのメトリクスはリトルの法則(Little's Law)で関連付けられる。平均リードタイム = 平均WIP ÷ 平均スループット という関係が成り立つ[2]。

4.2 継続的改善

カンバン方式では、データに基づく継続的改善を行う。改善サイクルをFig. 3に示す。

4.2.1 ボトルネック分析:累積フロー図(CFD)を用いて、滞留が発生している箇所を特定する。

4.2.2 サービスレベル合意:リードタイムの目標値を設定し、達成状況を監視する。

4.2.3 カイゼン会議:定期的にチームで改善策を議論し、実験的に導入する。

5. スクラムとの比較

カンバンとスクラムは異なる特徴を持つが、どちらが優れているというものではない。Table 6に両手法の比較を示す。

Table 6. カンバンとスクラムの比較

観点 カンバン スクラム
ロール 規定なし PO、SM、開発チーム
イテレーション なし(連続フロー) スプリント(固定期間)
計画 必要に応じて随時 スプリントプランニング
変更 いつでも可能 スプリント内は原則固定
見積もり 任意 推奨
導入難易度 低(現状から開始) 中(役割・イベント導入が必要)

5.1 カンバンが適する場面:運用保守、サポート業務、割り込み作業が多い環境、既存プロセスへの漸進的改善。

5.2 スクラムが適する場面:新規プロダクト開発、明確なスプリントゴールが設定できる環境、チームビルディングを重視する場合。

5.3 スクラバン:スクラムとカンバンを組み合わせた「スクラバン(Scrumban)」という手法も存在する。スクラムのイベントとカンバンのWIP制限を併用するアプローチである。

次章では、アジャイルにおける要求記述手法であるユーザーストーリーについて解説する。

References

[1] D. J. Anderson, "Kanban: Successful Evolutionary Change for Your Technology Business," Blue Hole Press, 2010.

[2] J. D. C. Little, "A Proof for the Queuing Formula: L = λW," Operations Research, vol. 9, no. 3, pp. 383-387, 1961.

免責事項
本コンテンツは2025年12月時点の情報に基づいて作成されている。カンバン方式の解釈や実装方法は組織によって異なる場合がある。実際の導入にあたっては、専門家の助言を参照されたい。

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