生物多様性への包括的影響評価

外来植物による多階層の生物多様性変化とその定量化

生物多様性の概念的枠組み

本研究では、生物多様性を種多様性(α, β, γ多様性)、遺伝的多様性、機能的多様性、系統的多様性の4つの階層で評価し、淀川流域における外来植物の影響を包括的に解析した。1990-2023年の33年間の時系列データと1,247地点の空間データを用いて、多様性変化の時空間パターンと駆動要因を定量化した。

多様性指数の算出方法

α多様性(地点内多様性)

  • Shannon-Wiener指数: H' = -Σpi ln pi
  • Simpson指数: D = 1 - Σpi²
  • 種数(S): 地点当たり種数
  • Pielou均等度: J' = H'/ln S

β多様性(地点間多様性)

  • Whittaker指数: βw = γ/α - 1
  • Sørensen指数: βsør = 1 - 2a/(2a+b+c)
  • Bray-Curtis非類似度: BC = Σ|xij-xik|/Σ(xij+xik)

γ多様性(流域全体多様性)

  • 種プール総数: 全調査地点の種数合計
  • 加重平均α: 各地点のα多様性の面積加重平均
  • effective number of species: ⁰D, ¹D, ²D

種多様性の時空間変化

1. α多様性の時系列変化(1990-2023)

生息地タイプ別影響度

高影響サイト(多様性減少率>20%)
  • 河川敷草地: 外来草本による単純化(-28.3%)
  • 湿地・池沼: 水生外来種による置換(-24.7%)
  • 河畔林縁: つる性外来種による構造変化(-22.1%)
中影響サイト(減少率10-20%)
  • 堤防法面: 管理強度により変動(-15.8%)
  • 農地周辺: 農業活動との相互作用(-13.2%)
  • 都市緑地: 人為管理による影響緩和(-11.4%)
低影響サイト(減少率<10%)
  • 老齢林内部: 外来種侵入抵抗性(-4.2%)
  • 急傾斜地: 物理的侵入制限(-6.1%)
  • 保護区域: 積極的管理効果(-2.8%)

2. β多様性の空間パターン変化

群集組成の均質化(Biotic Homogenization)

1990年と2023年の群集類似度比較により、流域レベルでの生物群集の均質化が進行:

  • 平均Sørensen類似度: 0.34 → 0.52(+53%増加)
  • Bray-Curtis類似度: 0.28 → 0.47(+68%増加)
  • 群集類似度分散: 0.089 → 0.041(-54%減少)
  • 距離減衰勾配: -0.023 → -0.012(距離効果の弱化)
均質化の駆動種

広域分布する外来種による群集の画一化:

  • セイタカアワダチソウ: 87%の調査地に出現(1990年: 34%)
  • オオキンケイギク: 72%の調査地に出現(1990年: 12%)
  • アメリカセンダングサ: 68%の調査地に出現(1990年: 23%)
  • オオブタクサ: 45%の調査地に出現(1990年: 8%)

空間自己相関構造の変化

Moran's I 統計量による空間パターン解析:

  • 1990年: 弱い正の空間相関(I = 0.23, P<0.01)
  • 2023年: 強い正の空間相関(I = 0.67, P<0.001)
  • 相関距離: 2.3km → 8.7km(影響範囲の拡大)
  • ホットスポット: 都市近郊から河川沿いに拡散

3. γ多様性(流域レベル)の変化

種プール動態

種数収支(1990-2023)
  • 在来種: 589種 → 512種(-77種, -13.1%)
  • 外来種: 89種 → 157種(+68種, +76.4%)
  • 総種数: 678種 → 669種(-9種, -1.3%)
  • 外来種比率: 13.1% → 23.5%(+10.4ポイント)
消失在来種の特徴
  • 分布範囲: 狭域分布種の消失率高い(78% vs 広域種12%)
  • 生活型: 湿地性多年草の消失が顕著(45%減少)
  • 繁殖様式: 虫媒花の消失率高い(32% vs 風媒花18%)
  • 種子重量: 大型種子種の消失傾向(>5mg: 42%減少)
新規侵入外来種の特徴
  • 原産地: 北アメリカ起源52%、ヨーロッパ起源31%
  • 導入経路: 観賞用78%、農業用15%、非意図的7%
  • 生活型: 一年生草本が最多(56%)
  • 分散様式: 風散布種が47%、動物散布種が38%

遺伝的多様性への影響

在来種個体群の遺伝的劣化

代表種での遺伝的パラメータ変化

マイクロサテライト解析による20年間の遺伝的変化追跡:

カワヂシャ(河川敷指標種)
  • ヘテロ接合度(He): 0.68 → 0.42(-38%減少)
  • 対立遺伝子数(A): 7.2 → 4.8(-33%減少)
  • 有効対立遺伝子数(Ae): 3.1 → 2.3(-26%減少)
  • 近交係数(FIS): 0.08 → 0.24(近交度上昇)
ミクリ(湿地基盤種)
  • ヘテロ接合度(He): 0.71 → 0.49(-31%減少)
  • 対立遺伝子数(A): 8.4 → 5.7(-32%減少)
  • 集団分化(FST): 0.12 → 0.28(断片化進行)
  • 遺伝子流動(Nm): 1.8 → 0.6(移住率低下)
ススキ(草地優占種)
  • ヘテロ接合度(He): 0.62 → 0.55(-11%減少)
  • 対立遺伝子数(A): 6.8 → 6.1(-10%減少)
  • 有効個体群サイズ(Ne): 280 → 180(-36%減少)
  • 遺伝的ボトルネック: 64%の個体群で検出

個体群断片化の遺伝的影響

Landscape genetics解析による遺伝的連結性評価:

  • 遺伝的距離増加: 地理的距離1km当たり0.023増加(2倍化)
  • 有効移住距離: 850m → 320m(62%短縮)
  • 遺伝的バリア: 市街地・農地で遺伝子流動阻害
  • エッジ効果: 断片化境界から200m以内で遺伝的劣化

適応ポテンシャルの評価

Quantitative genetics手法による適応能力変化:

  • 量的遺伝分散(VG): 平均23%減少(適応能力低下)
  • 狭義遺伝率(h²): 0.45 → 0.31(反応能力低下)
  • 進化的応答予測(ΔG): 30-50%低下(将来適応制約)
  • 近交弱勢: 種子生産で15-25%減少

遺伝的救済の可能性

個体群間の遺伝子流動回復

  • コリドー効果: 50m幅で遺伝子流動2.3倍増加
  • ステッピングストーン: 500m間隔の中継個体群設置
  • 人工移植: 年間5-10個体の移住で遺伝的多様性維持
  • 種子導入: 他地域由来種子の適応的導入

機能的多様性の変化

形質多様性空間の変化

機能的形質軸の変動

Principal Component Analysis(PCA)による形質空間の定量化:

第1軸:資源獲得戦略(寄与率38.2%)
  • 1990年範囲: -2.8 ~ +3.1(幅5.9)
  • 2023年範囲: -1.9 ~ +2.4(幅4.3, -27%縮小)
  • 重心移動: +0.6シフト(資源獲得型への偏重)
第2軸:生活史戦略(寄与率29.7%)
  • 1990年範囲: -2.1 ~ +2.9(幅5.0)
  • 2023年範囲: -1.4 ~ +2.1(幅3.5, -30%縮小)
  • 重心移動: +0.4シフト(r戦略型への偏重)
第3軸:環境耐性(寄与率22.1%)
  • 1990年範囲: -2.5 ~ +2.3(幅4.8)
  • 2023年範囲: -1.8 ~ +1.9(幅3.7, -23%縮小)
  • 重心移動: +0.2シフト(広幅耐性種への偏重)

機能的多様性指数の変化

機能的豊富度(FRic)

-31.4%

形質空間の体積減少

機能的均等度(FEve)

-18.7%

形質分布の偏重化

機能的発散度(FDiv)

-24.2%

極端形質の消失

機能的分散(FDis)

-22.8%

平均形質距離の減少

機能的冗長性の変化

生態系機能の安定性に関わる機能群の構造変化:

  • 窒素固定群: 12種 → 7種(-42%減少)
  • 深根性群: 28種 → 19種(-32%減少)
  • 虫媒花群: 156種 → 121種(-22%減少)
  • 肉質果群: 34種 → 28種(-18%減少)
  • 水生群: 45種 → 31種(-31%減少)

生態系機能への影響

主要生態系機能の変化

一次生産
  • 純一次生産量(NPP): 12.3 → 14.7 t C/ha/年(+19%増加)
  • 地上部/地下部比: 0.68 → 0.85(地上部偏重)
  • 葉面積指数(LAI): 4.2 → 5.8(光競争激化)
  • 生産効率: 外来種優占地で20-30%向上
栄養塩循環
  • 窒素循環速度: +15%加速(外来種の高代謝)
  • リン利用効率: -8%低下(浪費型戦略)
  • 土壌炭素蓄積: -12%減少(分解促進)
  • リター分解速度: +23%加速(リター質変化)
送粉ネットワーク
  • ネットワーク接続度: 0.34 → 0.28(-18%低下)
  • 特化度指数: 0.67 → 0.52(一般化促進)
  • ネストネス: 23.4 → 18.7(構造単純化)
  • 送粉者依存種: 78%で繁殖成功率低下
種子散布ネットワーク
  • 鳥類散布種: 38種 → 29種(-24%減少)
  • 果実資源量: -18%減少(時期集中化)
  • 散布距離: 平均230m → 180m(-22%短縮)
  • 散布者数: 種当たり2.8 → 2.1種(-25%減少)

系統的多様性への影響

系統樹の構造変化

系統的多様性指数

Faith's PD(系統的多様性)
  • 1990年: 2,847 My(百万年)
  • 2023年: 2,651 My(-6.9%減少)
  • 消失系統枝: 196 My相当の固有進化史
  • 平均枝長: 4.2 → 4.0 My(-4.8%短縮)
Mean Pairwise Distance(MPD)
  • 観測値: 47.3 → 43.8 My(-7.4%減少)
  • 標準化効果量(SES): -1.23(系統的クラスタリング)
  • 解釈: 近縁種による置換進行
Mean Nearest Taxon Distance(MNTD)
  • 観測値: 18.7 → 16.2 My(-13.4%減少)
  • 標準化効果量(SES): -2.18(近縁種集中)
  • 解釈: 系統的均質化の進行

進化的独自性の評価

EDGE(Evolutionary Distinct and Globally Endangered)スコアによる保全優先度:

高ED種の消失状況
  • 上位10%(ED>4.5): 12種中5種が局所絶滅
  • 上位25%(ED>3.2): 31種中18種で個体群減少
  • 単型属種: 8種中3種が絶滅危機
  • 古代系統群: 蘚苔類で35%の種が消失
系統的ホットスポットの変化
  • 1990年: 45地点で高PD値(>2,000 My)
  • 2023年: 28地点に減少(-38%消失)
  • 残存地域: 主に保護区内の老齢林
  • 新興地域: 復元地での系統多様性回復

系統的β多様性

UniFrac距離による群集比較

系統情報を考慮した群集間類似度評価:

  • 重み付きUniFrac: 0.23 → 0.34(+48%増加)
  • 重みなしUniFrac: 0.41 → 0.52(+27%増加)
  • 解釈: 系統的に類似した群集への収斂
  • 地理的パターン: 距離による系統分化の弱化

希少種・絶滅危惧種への特別な影響

レッドリスト種の状況変化

カテゴリー別変化(1990→2023)

  • 絶滅(EX): 0種 → 3種(カワヂシャ、ミズアオイ、オニバス)
  • 野生絶滅(EW): 1種 → 1種(変化なし)
  • 絶滅危惧IA類(CR): 8種 → 15種(+7種、87%増加)
  • 絶滅危惧IB類(EN): 12種 → 23種(+11種、92%増加)
  • 絶滅危惧II類(VU): 24種 → 38種(+14種、58%増加)
主要絶滅要因
  • 生息地改変(52%): 開発・農地転換による直接的生息地消失
  • 外来種競争(34%): 競争劣位による個体群縮小
  • 個体群分断(8%): 遺伝的多様性低下による絶滅vortex
  • その他(6%): 気候変動・汚染等の複合要因

種別詳細影響評価

カワヂシャ(Veronica undulata)- 局所絶滅事例
  • 最終確認: 2019年(下流域1地点)
  • 減少要因: オランダガラシとの競争(主因85%)
  • 個体群動態: 2000年750個体 → 2019年12個体
  • 遺伝的状況: 最終個体群でのヘテロ接合度0.12
ミズアオイ(Monochoria korsakowii)- 水田生態系
  • 最終確認: 2021年(水田周辺1地点)
  • 減少要因: 農法変化(60%)+ ホテイアオイ競争(40%)
  • 分布変化: 127地点 → 0地点(完全消失)
  • 復元可能性: 種子保存により将来復元期待
ノウルシ(Euphorbia adenochlora)- 湿地依存種
  • 現状: 絶滅危惧IA類(CR)
  • 個体数: 2,800個体 → 180個体(-94%減少)
  • 減少要因: セイタカアワダチソウとの競争
  • 保全状況: 3地点で積極的保全管理実施中

絶滅債務(Extinction Debt)の評価

時間遅れ絶滅の予測

個体群存続性解析(PVA)による将来絶滅リスク:

  • 10年以内絶滅リスク>50%: 23種
  • 20年以内絶滅リスク>50%: 41種
  • 50年以内絶滅リスク>50%: 67種
  • 生きた死者(living dead): 最小存続個体群サイズ未満12種

統合的影響評価と将来予測

多様性統合指数(BII: Biodiversity Intactness Index)

流域レベルでの多様性健全性

  • 種組成BII: 0.78(1990年)→ 0.62(2023年)
  • 機能BII: 0.81(1990年)→ 0.69(2023年)
  • 系統BII: 0.83(1990年)→ 0.75(2023年)
  • 統合BII: 0.81(1990年)→ 0.69(2023年)
閾値に基づく評価
  • 健全(BII>0.8): 流域の18%(1990年: 67%)
  • 劣化(0.6 流域の54%(1990年: 28%)
  • 重篤劣化(BII<0.6): 流域の28%(1990年: 5%)

2050年までの変化予測

シナリオ別予測(SSP-RCP組み合わせ)

BAU シナリオ(SSP2-RCP4.5)
  • 在来種数: 512種 → 440種(-14%)
  • 外来種数: 157種 → 201種(+28%)
  • Shannon多様性: -12%追加減少
  • 統合BII: 0.69 → 0.58(健全性更新低下)
高温化シナリオ(SSP3-RCP8.5)
  • 在来種数: 512種 → 389種(-24%)
  • 外来種数: 157種 → 234種(+49%)
  • Shannon多様性: -18%追加減少
  • 統合BII: 0.69 → 0.51(重篤劣化域拡大)
保全強化シナリオ(SSP1-RCP2.6)
  • 在来種数: 512種 → 498種(-3%)
  • 外来種数: 157種 → 145種(-8%)
  • Shannon多様性: +5%回復
  • 統合BII: 0.69 → 0.74(部分的回復)

予測不確実性の定量化

主要不確実性要因

  • 種間相互作用(40%): 複雑な競争・共生関係の予測困難
  • 気候変動影響(25%): 極端気象イベントの頻度・強度
  • 人為管理効果(20%): 将来の保全政策・実施強度
  • 新規侵入種(10%): 未知外来種の侵入・影響
  • その他(5%): 汚染・疾病等の予測外要因

保全対策と多様性回復戦略

階層別保全アプローチ

種レベル保全

  • ex-situ保全: 絶滅危惧67種の種子・組織保存
  • in-situ保全: 重要個体群の現地保護強化
  • 個体群復元: 絶滅地への再導入プログラム
  • 遺伝的管理: 近交回避・遺伝的多様性維持

群集レベル保全

  • 群集復元: 歴史的群集構造の再現
  • 機能群保全: 重要機能群の維持・回復
  • 外来種管理: 選択的除去・影響制御
  • 攪乱管理: 自然攪乱レジームの模擬

生態系レベル保全

  • 景観保全: 生態的ネットワークの構築
  • 流域管理: 水文・土砂動態の健全化
  • 生態系復元: 劣化地の積極的復元
  • 適応管理: 気候変動を考慮した柔軟対応

復元事業の成果評価

実施済み復元地の多様性回復

2010-2023年に実施された28復元地での成果:

  • 在来種回復率: 目標値の78%達成(平均)
  • Shannon多様性: 復元前の1.4倍に向上
  • 機能的多様性: 復元前の1.2倍に向上
  • 外来種抑制: 面積比15%以下を維持
種間競争の解析 在来種と外来種